らず、裸体の研究、危《あやう》しとはおもはずや。」巨勢、「裸体の雛形せぬ人と君もいひしが。」エキステル、「現《げ》にいはれたり。されど男と接吻したるも、けふ始めて見き。」エキステルがこの言葉に、巨勢は赤うなりしが、街燈暗き「シルレル・モヌメント」のあたりなりしかば、友は見ざりけり。巨勢が「ホテル」の前にて、二人は袂《たもと》を分ちぬ。
 一週ほど後《のち》の事なりき。エキステルが周旋にて、美術学校の「アトリエ」一間《ひとま》を巨勢に借されぬ。南に廊下ありて、北面の壁は硝子《ガラス》の大窓《おおまど》に半《なかば》を占められ、隣の間とのへだてには唯|帆木綿《ほもめん》の幌《とばり》あるのみ。頃はみな月半ばなれど、旅立ちし諸生多く、隣に人もあらず、業《わざ》妨ぐべき憂《うれい》なきを喜びぬ。巨勢は画額の架[#「架」の右に《だい》、左に《スタッファージュ》とルビ、50−11]の前に立ちて、今入りし少女に「ロオレライ」の画を指さし示して、「君に聞かれしはこれなり。面白げに笑ひたはぶれ玉ふときは、さしもおもはれねど、をりをり君がおも影の、ここなる未成の人物にいとふさはしきときあり。」
 少女は高
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