を取りて、中なる水を口に銜《ふく》むと見えしが、唯|一※[#「※」は「口へん+巽」、第4水準2−4−37、48−9]《ひとふき》。「継子よ、継子よ、汝ら誰《たれ》か美術の継子ならざる。フィレンチェ派学ぶはミケランジェロ、ヰンチイが幽霊、和蘭《オランダ》派学ぶはルウベンス、ファン・ヂイクが幽霊、我国のアルブレヒト・ドュウレル学びたりとも、アルブレヒト・ドュウレルが幽霊ならぬは稀《まれ》ならむ。会堂に掛けたる『スツヂイ』二つ三つ、値段《ねだん》好く売れたる暁《あかつき》には、われらは七星われらは十傑、われらは十二使徒と擅《ほしいまま》に見たてしてのわれぼめ。かかるえり屑《くず》にミネルワの唇いかで触れむや。わが冷たき接吻にて、満足せよ。」とぞ叫びける。
 噴掛《ふきか》けし霧の下なるこの演説、巨勢は何事とも弁《わきま》へねど、時の絵画をいやしめたる、諷刺《ふうし》ならむとのみは推測《おしはか》りて、その面《おもて》を打仰ぐに、女神バワリアに似たりとおもひし威厳少しもくづれず、言畢《いいおわ》りて卓の上におきたりし手袋の酒に濡れたるを取りて、大股《おおまた》にあゆみて出でゆかむとす。
 皆す
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