》を断たむとす。嚢中《のうちゅう》の『マルク』七つ八つありしを、から籠《かご》の木《こ》の葉《は》の上に置きて与へ、驚きて何ともいはぬひまに、立去りしが、その面《おもて》、その目、いつまでも目に付きて消えず。ドレスデンにゆきて、画堂の額《がく》うつすべき許《ゆるし》を得て、ヱヌス、レダ、マドンナ、へレナ、いづれの図に向ひても、不思議や、すみれ売のかほばせ霧の如《ごと》く、われと画額との間に立ちて障礙《しょうげ》をなしつ。かくては所詮《しょせん》、我|業《わざ》の進まむこと覚束《おぼつか》なしと、旅店の二階に籠《こ》もりて、長椅子《ながいす》の覆革《おおいかわ》に穴あけむとせし頃もありしが、一朝《いっちょう》大勇猛心を奮《ふる》ひおこして、わがあらむ限《かぎり》の力をこめて、この花売の娘の姿を無窮《むきゅう》に伝へむと思ひたちぬ。さはあれどわが見し花うりの目、春潮を眺《なが》むる喜《よろこび》の色あるにあらず、暮雲を送る夢見心あるにあらず、伊太利《イタリア》古跡の間に立たせて、あたりに一群《ひとむれ》の白鳩《しろばと》飛ばせむこと、ふさはしからず。我空想はかの少女《おとめ》をラインの岸の
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