まないでも、生活していられる。兎《と》に角《かく》この一山《ひとやま》を退治ることは当分御免を蒙《こうむ》りたいと思って、用箪笥の上へ移したのである。
 書いたら長くなったが、これは一秒時間の事である。
 隣の間では、本能的掃除の音が歇《や》んで、唐紙が開いた。膳《ぜん》が出た。
 木村は根芋の這入《はい》っている味噌汁《みそしる》で朝飯を食った。
 食ってしまって、茶を一杯飲むと、背中に汗がにじむ。やはり夏は夏だと、木村は思った。
 木村は洋服に着換えて、封を切らない朝日を一つ隠しに入れて玄関に出た。そこには弁当と蝙蝠傘《こうもりがさ》とが置いてある。沓《くつ》も磨いてある。
 木村は傘をさして、てくてく出掛けた。停留場までの道は狭い町家続きで、通る時に主人の挨拶《あいさつ》をする店は大抵極まっている。そこは気を附けて通るのである。近所には木村に好意を表していて、挨拶などをするものと、冷澹《れいたん》で知らない顔をしているものとがある。敵対の感じを持っているものはないらしい。
 そこで木村はその挨拶をする人は、どんな心持でいるだろうかと推察して見る。先ず小説なぞを書くものは変人だとは
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