確かに思っている。変人と思うと同時に、気の毒な人だと感じて、protege[#「e」は全てアクサン(´)付き]《プロテジェエ》にしてくれるという風である。それが挨拶をする表情に見えている。木村はそれを厭《いや》がりもしないが、無論|難有《ありがた》くも思っていない。
 丁度近所の人の態度と同じで、木村という男は社交上にも余り敵を持ってはいない。やはり少し馬鹿《ばか》にする気味で、好意を表していてくれる人と、冷澹に構わずに置いてくれる人とがあるばかりである。
 それに文壇では折々退治られる。
 木村はただ人が構わずに置いてくれれば好いと思う。構わずにというが、著作だけはさせて貰いたい。それを見当違に罵倒《ばとう》したりなんかせずに置いてくれれば好いと思うのである。そして少数の人がどこかで読んで、自分と同じような感じをしてくれるものがあったら、為合《しあわ》せだと、心のずっと奥の方で思っているのである。
 停留場までの道を半分程歩いて来たとき、横町から小川という男が出た。同じ役所に勤めているので、三度に一度位は道連《みちづれ》になる。
「けさは少し早いと思って出たら、君に逢った」と、小川は
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