て云った。
「君はぐんぐん為事を捗《はかど》らせるが、どうもはたで見ていると、笑談にしているようでならない。」
「そんな事はないよ」と、木村は恬然《てんぜん》として答えた。
 木村が人にこんな事を言われるのは何遍だか知れない。この男の表情、言語、挙動は人にこういう詞《ことば》を催促していると云っても好い。役所でも先代の課長は不真面目《ふまじめ》な男だと云って、ひどく嫌った。文壇では批評家が真剣でないと云って、けなしている。一度妻を持って、不幸にして別れたが、平生何かの機会で衝突する度に、「あなたはわたしを茶かしてばかしいらっしゃる」と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。
 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。
 木村のためには、この遊びの心持は「与えられたる事実」である。木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕《か》けています、それはnervosite[#「te」の「e」はアクサン(´)付き]《ネルウォジテエ》です」と云
前へ 次へ
全25ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング