と、朝から灰色の空の見えていた処に、紫掛かった暗色の雲がまろがって居る。
同僚の顔を見れば、皆ひどく疲れた容貌《ようぼう》をしている。大抵|下顎《したあご》が弛《ゆる》んで垂れて、顔が心持長くなっているのである。室内の湿った空気が濃くなって、頭を圧《お》すように感ぜられる。今のように特別に暑くなった時でなくても、執務時間がやや進んでから、便所に行った帰りに、廊下から這入ると、悪い烟草の匂《におい》と汗の香とで噎《む》せるような心持がする。それでも冬になって、煖炉《だんろ》を焚《た》いて、戸を締め切っている時よりは、夏のこの頃が迥《はる》かにましである。
木村は同僚の顔を見て、一寸顔を蹙《しか》めたが、すぐにまた晴々とした顔になって、為事に掛かった。
暫くすると雷が鳴って、大降りになった。雨が窓にぶっ附かって、恐ろしい音をさせる。部屋中のものが、皆為事を置いて、窓の方を見る。木村の右隣の山田と云う男が云った。
「むしむしすると思ったら、とうとう夕立が来ましたな。」
「そうですね」と云って、晴々とした不断の顔を右へ向けた。
山田はその顔を見て、急に思い附いたらしい様子で、小声になっ
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