本が勝って東亜の盟主になるため、是が非でも必要な処置であり、日本農民の、それが唯一の、この際の義務である……というのであった。
 常会から帰った浩平にそのことを告げられると、おせきは夜半まで、まんじりともせずに、あれこれと胸の中で算盤を弾《はじ》いた。――自家《うち》ではどうしても、これから百日と計算して、一家八人、割当だけでも約六俵は必要なのに……それが一俵しかない。うちには一俵しかございませんなどと調べに廻って来た役場や農会の方々の前に赤恥をかくようなことがどうして出来よう。――あと五俵、いや、出来ることなら六俵、それをどうしてこの際、工面したらよかったろうか。
 考えても考えても、たよるのは産組へ出荷した大麦の代金だけしかなかった。つぎの朝、彼女は野良支度をしている夫へ言った。
「あの金、まだ渡して貰えねえのかどうか、組合さ行って聞いて来てくれねえか。」そして彼女は組合というものの、こういう際の不自由をぶつぶつと、まるで浩平に罪でもあるかのように、繰りかえして攻撃した。
 やがて組合へ行って訊ねて来た浩平の答は、四五日中に半金位は渡るかも知れない、という空っとぼけたものだった。彼
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