かった。それが一俵、他に屑米が一俵、それだけだった。
毎年々々のことだったが、おせきは田植時分からその苦労のために痩せる思いだった。出来秋まで、何の心配もなく食うだけのものは貯えておきたい、おかなければならぬ。それが農家としての不文律であり、常規でなければならなかった。でなければ曲りなりにも一家を張っている以上、人様に顔向けが出来なかった。
早く麦でも売って、その金でそっ[#「そっ」に傍点]と必要なだけの米を買いたい。ところが今年はその肝心の麦が自分勝手に売却することが出来ず、産組へ集めて、政府へ供出するのだという。そして麦俵は出したが、金が……実に、その金がまだ渡って来なかった。
全くどうしたらよかったのか。子供らの小遣銭にも不自由な日がやって来ていた。そういうやさき、また一つの難問題が降って湧いた。それは「米の調査」というこれまでかつて経験したことのない一事件だった。部落常会で助役さんの説明するところによると、今から一人|宛《あて》米二合八勺として十月一日までの数量以上を持っているものは、たとい一俵でも二俵でも政府へ供出しなければいけない。それはこの日支事変を遂行するため、日
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