端へ胡座《あぐら》をかいてから、小さい新聞包みを母の方へ押しやった。
「おみやげだ。何にもなくて駄目だっけ。」
 母の大好物の鰹の切身を彼は汽車を降りた町で買って来たのである。それに、別に少しばかりの東京風の菓子。そしてそれは勝やおさよや、その他の幼い者たちへ。
「みんなどうしたか。」
と彼はがらんどうの家を見廻して訊ねた。
「由次と勝は田植、さア子は今日は、出征家族の奉仕労働とかで、どうしても学校さいかなくてえなんねえなんて行っちまアし、おッちうらはその辺で遊んでいんだっぺ。」
「俺いなくて田植大変だっぺ。」
 勇はこんどは土間のあたりを見廻した。貧しい小作百姓のむさ苦しい煤けた土間には、ごみごみした臼や古俵ばかりで何もなかった。
 おせきは答えず、別のことを訊ねた。
「東京の方は外米だちけか。まずくてひどかっペ。」
「うむ、ひでえや、ぽそくさで、味も何もねえ。」
「ふでもどうだか、こっちの死米の麦飯と較べると、まアだ、外米の方がよくねえか。」
「うむ、どんなもんだかよ。」
「今年は、はア、洪水浸《みずびた》しの米ばかり残っていて、まアだ食いきれねえでいんだよ。いくら団子にしても、へ
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