り帰って来て、おせきの気持はどうやら転換した。田圃には自分たち同様、田植の人々がそこにもここにも見えたので、彼女はおさよにすがりつかれるまでもなく、じっとそこで我慢したのであったが、あくまで白《しら》をきっている夫の態度には、ますます腹が立ってならなかった。その日一日中、思い思いの仕事をして、夜も思い思いに過ごしたが、あくる朝になっても口をきく機会はなく、おせきはそのまま野良支度になろうとはしなかった。それに彼女はこないだから多少、自分の体の生理的な異状をも自覚していたのであった。
今夜はお寺で部落常会があるから、各戸、かならず誰か一人出席のこと――という役場からの「ふれ」を隣家へ廻して、そこの老婆としばらく無駄話を交換し、やがて何か見馴れぬ洋服姿の男が自家の門口を入って行った様子に、戻って見ると、それが、はからずも勇だったのだ。
「おや、誰かと思ったら。――どうも、誰かが来たように思ってはいたが――」
半年ばかり見ないでいるうちに、急に、町場の青年らしく、大人びた忰を見た彼女は、最近人に見せたことのないような嬉しげな微笑を顔いっぱいに湛えた。
勇は国防色のスフの上衣を脱ぎ、上り
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