撒きはじめた。
ぷんとその匂いがおせきの鼻を打った。気持をそそる肥料の匂い――が、そこには何か不純なものが含まれていた。彼女は苗取る手を休めて苗代から代田の畦へ近づき、そのばら撒かれた肥料を泥の上から掬い上げて、色合を見たり匂いをかいだりしていたが、今度は叺そのものに近づいて、ざくりと手一ぱいに掬い上げて検分した。
「こんな配合……なんだや、これ、糟くそ[#「くそ」に傍点]みてえなもの、これでも利《き》くつもりかい。――誰からこれ買ったか知んねえけんど、まさか、塚屋だあるめえ。」
浩平は返事をしなかった。そっぽを向いて、ただ熱心に、ばらばらと撒いて歩いた。
「ああ、お父、まさか塚屋から買ったんだあんめえよ。」
さらに追求されて浩平は反発した。
「塚屋から買ったんならどうしたか。」
「どうしたもこうしたもあるもんか。あのインチキ野郎、山十の倉庫から十年も二十年も前の、下敷きになっていた利きもしねえ腐れ肥料持ち出して来て、そいつを新しい叺につめかえて、倍にも三倍にも売っているんだちけが、まさか、俺家のお父ら、天宝銭でも八文銭でもねえちけから、そんな、塚屋らに引っかかったわけではあるめ
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