ので、そのまま眠ってしまったが、再び彼女の胸のうちにはもやもやするものが湧き起った。
「畜生、身上切り盛りもねえもんだ。まかり間違って洪水でも来たらどうするんだ。とどのつまりは俺げ降りかかって来るんだねえか――」
 おせきはとにかく家付娘として、祖先から伝った屋敷や若干の田畑――作り高の三分の一にも当らなかったが――だけは自分の名儀で所有していた。婿の浩平はその点になると、いわゆる「素っ裸」で、いざという場合には腕まくりでも尻まくりでも出来たのである。
 そのことを考えて夫の言動を責めつけようとは思ったが、朝っぱらからぎゃあぎゃあ言い合いをして、この忙しい時節、近所に迷惑をかけるでもあるまいと、彼女はぐっとそれを腹の底の方へ押しやってしまった。そして学校へ行くの行かないのと愚図ついているおさよへ当りがけした。
「馬鹿、学校なんどどうでもいい、苗取りやるんだから田圃へ行かなくちゃしようねえ。」
 浩平にはかまわず、おさよをせき立ててそのまま家を出た彼女は、今度はいよいよ夫がどうしてその肥料の金の工面をしたかに疑いを懐かざるを得なかった。――また母から借りたに相違ない。――そう口に出して言
前へ 次へ
全47ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング