として、そこに立ちつくしていた。こんな状態とは少しも考えなかったのだ。
 近所へ家を借りて別居している母のお常が、野良支度ではあったが、いつものように身綺麗な、五十を半ば過ぎているにも拘らず、まだ四十台の女のような姿態《なり》で、ヨシ子の頭部を冷やしていた。ヒマシ油か何かを飲ませようと骨折ったような形跡もあった。
 おせきは次の瞬間、自分を取りかえして、その母親の、いつものような姿態を見ると、むらむらと腹が立った。
「なんだか、おっ母さんら――」とおせきは突慳貪《つっけんどん》に叫んで、ヨシ子の枕頭からその見るに堪えないものを追いのけるように、自分の身体をぐいと持って行った。
「なんだかではあるめえ、痛がって騒いでいるの見て黙っていられっか。」
 お常はそれでも娘に遠慮して――そうしなければいられないものを彼女は持っていた――一歩そこから膝で後退した。
「いいから、おっ母さんに構ってもらいたくねえから、はア、帰ってくろ。」
「言われなくたって帰っけんどな。」そう押しかぶせて、「おせきら、俺にいつまでそんなつんつんした口きいていんだ、ようく考えてしねえと、はア、損だっぺで。」
「損でも得
前へ 次へ
全47ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング