……それではまず……さいなら。」
そこでがちゃりと受話器をおく音がして、急ぎ足にスリッパを鳴らしながら係が現れた。半白の小柄な猿のような貌《かお》をしたおやじ[#「おやじ」に傍点]である。わざわざ事務机には向わず、みんなのいる方へ向って火鉢の向う側へ蹲み、両手をふふん……と言いながら組み合せた。出来るだけ七むつかしい、が誰にも当り触りのない顔を彼はそこへ作って見せたのである。
「どうだや、それでもいくらか来るあて[#「あて」に傍点]があるのかい」と一人が訊くと、
「それが、どうも――明日にならなけりゃ分らないと県の方では言っているんで……」
「明日、明日って、随分その手食ったな。まるで何かのようだぜ、組合も。」
「いや、君らはそんな冗談言っていっけんど、みろ、これで、県の方だって、組合の方だって、ここんとこ不眠不休で心配しているんだから。はア、組合長ら、昨日から寝こんじまった位だから――県庁へ行く、農林省へ行く、肥料会社まで行って見る。全くお百度踏んで、それでも何ともならねえんだ。農林省の方では、とにかく早場地方が第一だというわけで、出来るそばからそっちの方へ廻送しているらしいんだし
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