と来た道を引かえしはじめた。
おせきはどうすればいいか迷っていた。夫と娘の、それぞれの行動を見守っていたが、
「さア子、さア子――」と呼んだ。が、おさよは聞えたのか聞えないのか、もう振り向きもしなかった。
「大したことでもあるめえ。」彼女はひとりつぶやいて、それから一段と声を高くし、
「さア子、ヨチに赤玉飲ませて寝かせておけ。いいか、無理にでも飲ませなくては駄目だど。」
おせきは再び田へ下りて万能を振い出した。子供の腹痛など、全く彼らは馴れっこになっていた。夫のいうように、わざわざ知らせに来るほどのことはなかったのである。
一方、組合の事務所へ駈けつけた浩平は、自分と同じように肥料の問合せにやって来ている五六人の者と顔を合せた。
「どうだい、様子は――来そうかい。」
ずいと入って誰にともなく言いかけると、「肥料来るかやと、組合さ来てみれば……」「肥料来もせで……」と退屈と憤懣とをごっちゃにした連中が、かけ合いで唄の文句をつぶやいていた。
「用もない、体温計など来てやがる。」
全く呆れたことに、その体温計が小綺麗な箱へ入って配給されて来ていた。それは農村人への衛生思想注入のため
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