な[#「へな」に傍点]餅にしても、鶏や牛にやってもやりきれねえ。でもようやくあれだ、と一俵半くらいになった。そのあとに、合格米が三俵、まア、どうやら残っていっから、田植だけはこれで出来べえと思っているんだ。」
 おせきはしみじみとそんなことを繰りかえした。勇が聞いているかいないかなどは確かめもせず。それから彼女は調子を改めて、「今日は勇がかえったから、米の飯でも、それでは炊くべ。碌な米だねえけんど、外米よりはまさか旨かっぺから。」
 そのとき「兄《あん》ちゃんが来てらア」と叫んでおちえとヨシ子が往還の方から飛びこんで来た。
「ほら、兄ちゃんだ――兄ちゃん、大きい兄ちゃん――」
 しかしヨシ子はきょとんとしている。この兄を見忘れているのかも知れない。でなければ服装や何かがどこか違うので、大きいあンちゃんではなかったと思っているのかも知れない。
 おみやげのキャラメルやビスケットの包みを抱かされてようやくヨシ子はにこにこと笑い出した。
 おせきはその間、鰹の切身を包みから出し、「早速煮ておくかな――」としばらくぶりで匂いをかぐ海の魚に、もう満悦の思いだった。勇が工場へ――叔父清吉の行っていた東京の電気会社へ出るときまったときは、頭から反対して怒鳴り散らし、「百姓家の長男が百姓しねえなんちあるもんか、家をどうするんだ、家の相続を――」などと言ったり、「東京などへ行って……肺病にでもとっつかれて死ね、この野郎――」などと喚いたりしたのだったが、結局、一人でも口減らしをしなければ、子供があとからあとから大きくなるし、家が持たない……というそれこそ至上命令の下には、何とも抗議のしようもなくなってしまい、「そんなら出て行け、俺ら知らないから、死ぬとも生きるとも。」そんなことまで口走った彼女だったが、いまこうして見違えるほどな若者になって帰っているのをみると、やはり出してやるしかなかったし、出してやってよかったのだろうと、思いかえさざるを得なかった。
「兄ちゃん、遊びに行ってみべえ」とおちえが言ってもう甘えかかっていた。ヨシ子は相変らず黙っているが、貰ったお菓子をうれしそうに眺めて、そしてまだ口へは持ってゆかず、食べてもいいのか、怒られやしないのかというように、時々母親の方をうかがった。
「兄ちゃん、いつまでいんだ。あいよ、大きい兄ちゃん。」おちえがまたしても訊ねかける。
「今日け
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