突っ込んでしまった。
浩平はみんなが寝床についてから、のそりとかえって来た。とうとう塚屋の前にかぶと[#「かぶと」に傍点]を脱いでしまった。――いや、脱がせられてしまった何とも名状しがたいいやな後味が、にがっぽく頭の中にこびりついていて、物をも言わず、彼は自分のお膳をひっぱり出し、ぼそぼそと冷たい麦飯を咽喉《のど》へ押し込んだ。
五
翌くる朝、ヨシ子はもうすっかり快くなって、起きるなり食べものをねだり、満腹すると歌などうたい出した。「五万何把の藁束分けて、隠れんぼどこかと探チてまわる。……」それは前の日、干しならべた小麦束の中でおちえから教えられた一節だった。そして
「きょうは、はァ、おまんま[#「おまんま」に傍点]しか何にも食べるんでねえど」と母親にしつこく念を押されると、
「う、ヨチ子、なんにも食べねえ……」
眼を伏せて、さすがに神妙な顔つきをする。
ところで今日は、いよいよ植付ができる段取りだった。あとから起き出して、もぞもぞ朝飯を終えた浩平が、
「俺は肥料を受取って来なけりゃならねえから、お前らさきに出かけていろな」と誰の顔も見ないで言った。
そこには何か魂胆がありそうだった。おせきの胸にそれがはっ[#「はっ」に傍点]と応えた。もっともそれは彼女にとって前夜来のまだ解けぬこだわりの故だったかも知れぬ。何となれば浩平は、おせきがいくら訊ねても肥料のことについては深く言わず、触れられることを嫌うので、反対におせきはますます追求せざるを得なかったのである。産組からは、穂が出てしまった頃しかやって来まい、勢い他で手に入れなければ、おめおめと素田を植えなければならぬ。そんな分りきった理窟ばかりこねていて、肝心の塚屋のことを少しも口にせず、ただ、とにかく十五貫入りの配合を十五叺だけ都合できたから、明日は植付だ、植付だ。とその植付だけを強調する……どこで都合したのだ、まさかやみ[#「やみ」に傍点]の高いものを手に入れたわけではあるまい。とさらに追求すると、そんなでご助[#「でご助」に傍点]に俺のことが見えるのか、八文銭でも天宝銭でも、とにかく身上切り盛りしている以上、そんなまね[#「まね」に傍点]はやれたってしないし、たといやったにせよ、嚊《かかあ》らに責任はもたせぬ、というようなことを言って、てんで寄せつけようとしないのであった。
おせきも眠い
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