、早く、お医者さん頼んで来なくてや……」
そこでおせきもびっくりして、おさよを呼んだ。と、横あいから「俺行ってくる」と叫んで飛び出したのは勝であった。彼は母親のかえったのを幸い、自分もこっそり仕事を放ったらかして家へ戻っていたのだが、今まで、叱られると思って、納屋の方にかくれていたのである。
「あれ、この野郎、いつの間にかえった。」おせきは顔を尖らしたが、叱りつけている暇はなかった。「汝《いし》らに分るか、この薄馬鹿野郎。――さア子、早く、裏の家の自転車でも借りて行って来う。」
庭先に干した小麦束を片づけていたおさよは、言われるなり裏の家へ行って、軒下に乗りすててあった自転車をひっぱり出した。が、大人乗りのその自転車はサドルが高くて足が届かなかった。彼女はまるで曲乗りのような具合に、横の方から片脚を差入れ、右足だけでペダルを踏み、それでも危なげなく吹っとばして行った。
村の医者は往診から帰ったところで、そのまま早速自転車で来てくれた。そして注射を一本打っておいて、それから腹部のものを排渫させると、ヨシ子は呼吸を回復し、少しく元気づいてきた。
「危なかった、生漬の梅だの、腐れかけた李だのを、うんとこ[#「うんとこ」に傍点]食べていた」と白髪の村医は笑った。
甘酸っぱいような水薬をつくって、その飲み方や、病児の扱い方などを細々《こまごま》と説明して、やがて医者は帰って行った。
その頃、ヨシ子はもう殆んど平常の息づかいになって、すやすやと眠っていた。
ところで、浩平はまだ野良から帰っていなかった。医者がやって来て病児の処置をしているうち、由次は黙って、いつの間にかえったか、風呂の下など焚きつけていたが、「お父は」と訊ねても、「いまにかえって来べえで……」と答えたばかりであったのだ。医者が帰ったあと、おさよがごそごそ台所で準備した夕飯を、おせきも子供らといっしょに食べ終ったが、それでも浩平はかえらない。
「お父は、組合さ行ったきりかい」とおせきが、そろそろ苛々しい気持になって、改めて由次にきくと、
「だもんか。野良から上りに、またどこかへ廻って行ったんだ。俺こと、さきにかえれなんて言って。」由次はぷすんとしている。
「馬鹿親父め、こんな騒ぎしていんのに……暢気《のんき》な畜生で、しようねえ。」
おせきはぶつぶつと呟きながら、いったん出した浩平のお膳を戸棚の中へ
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