に浮き上って、そして知らぬ間に零《こぼ》れたに相違なかった。
 しかしお通はたといどんなに夢中で歩いていようと、それを感づかずにしまうほど自分が不注意の腑抜けであるはずはないと思い、もう一度懐中をさぐり袂をさぐり、抱えていた風呂敷包みまで解いてみた。が、やはりどこにも発見されない。その蟇口には十円紙幣一枚と五円一枚、それから五十銭や十銭一銭など十数個入っていたのだった。十円は母からことずかって兄貴と自分の野良着に仕立てる紺木綿を買う予定のもの、そして残りの五円なにがしこそ、この前買えなくて、ただ「この次に買うから誰にも売らないで……」と念を押しておいた例のレーヨン錦紗のために、二週日以来傍目もふらずにかせぎためた虎の子だったのである。実際彼女はその五円のためには見栄も外聞もかまっていなかった。町へ豚売りに行く兄貴の曳く荷車のあとを押したり、母親が丹精している鶏の卵を半数だけ貰うことにきめてその餌を調達したり、朝鮮人の屑屋に親の代から押入の奥に突っ込まれていたような種々の廃品を引っ張り出して一銭を争いながら売り払ったり、そんなことをしてようやく蓄め上げたものだった。黒地に渦巻く水流と浮動
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