。ご連中があれがいいこれがいいと迷っているうちには行き着ける。」
 国道は沼岸を稍々一直線に走り、電柱が汀に面した片側を次第に小さくなって、そして森やまばらな木立に覆われた部落の不規則に連る地平へと消え込んで行っている。両側に植え付けられている水楊《やなぎ》はすでに黄色い芽をふいて、さんさんと降る暖かい初春の日光に、ほのかな匂いを漂わせていた。
 沼がつきて、溢水の落ちる堰のほとりに二三の飲食店があるが、その手前まで来たとき、お通は思いきり端折っていた裾を下ろすために立ち止り、帯の間へ手をやった。そしてふと、そこに挟んであるはずの蟇口をさらにしっかと挟みかえようとすると、それが無い。
「おや!」彼女は口走った。どきんと一つ心臓が打った。それからどきどき、どきどきと一層早く打ちはじめた。たしかに家を出るとき固くそこへ挟んで、ぽんぽんと二度もその上を叩いたのだった。彼女はさらにふかく手を差入れ、同時に横の方も探ってみたが、やはりどこにも見当らない。底抜けになって下へ落ちる理由はどう考えてもないのである。帯締めだってきちんと結ばれているし、落したとすれば、道を急いだために、蟇口自身がひとりで
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