錦紗
犬田卯

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)埃《ほこり》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あいつ[#「あいつ」に傍点]
−−

     一

 村はずれを国道へ曲ったとき、銀色に塗ったバスが後方から疾走して来るのが見えたが、お通はふと気をかえて、それには乗らぬことに決心した。たった十銭の賃銭ではあったが、歩いて行ったとて一時間とはかからぬ町である。四十分や五十分早く着いたにせよ、十銭を減少さすことはそれにかえられなかった。「十銭でも足りなければ買いたい物が買えないかも知れないのだし、十銭よけいに出せばいくらか品質のよい気に入ったのが買えるかも知れないではないか、つまらないわ……」彼女はひとり胸の中で思いながら、自分を追い抜こうとする遽しいバスの呻りを身近く感じて急いで道の片側へ避け、吹きかけられる埃《ほこり》を予想してハンカチを懐から引っ張り出し、そして鼻腔を抑えた。
「お通ちゃん、どこサ行ぐのよ。」
 濛々《もうもう》たる砂塵を捲き立てて走りすぎるバスの窓から首だけ出して言葉を投げてよこしたのは、隣り部落のひとりの朋
次へ
全25ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング