と自称するまだ若い卜筮師は、「これは庭先か門口に落したんで、落してから五分以内に、極く近所の始終出入りしている三十がらみの女の手に入っている」というのであった。お通ははっと思ったが、自分の家へ夜昼なしにやってくる隣家のお信お母《ば》さんを疑いたくはなかった。もっとも自分が蟇口を落した日以来、そのお信お母さんは、どうしたのかまだ姿を見せないでいるのだが……それにしても、呼べば応える眼と鼻の間に住んでいるその家の人に、そんな疑いがどうしてかけられよう。彼女は第一、失くした自分がうっかりぽんだったのだ、と諦めることに決心した。自分がやはり抜け作なんだ。そしてその晩また、彼女は殆んど泣き明かした。金が出て来ないことよりは(もうそんなもの欲しくはなかった)やはり自分が抜けているという自意識が、悔しさが、たまらなかったのだ。
「どこかの井戸へでも入って死んでしまってやる……」
暁方から沼向うの町で花火が上り出した。S川堤の桜が満開になって、花見の客をよぶそれは合図なのであった。
兄貴の和一が昨夜おそいと思ったら、顔など剃ってひどくのっぺりとなり、「今日は午後からだんぜん花見だい……」などとあて
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