に言って「とっちめて」もらってやるからと言った。
 圭太もその綾子の兄をうすうすながら知っていた。もう卒業間際の、がっしりした青年だった。いかにさぶちゃんが海軍ナイフを振り廻しても、茨のステッキを持っていても、彼にはぐうの音も出まい!
 圭太も心強かった。
 と同時に、着物がだんだん薄くなる頃で、綾子のもっくりふくれた胸が、圭太に小若衆らしい感情を起さす種となった。彼は次第に学校の教科書がいやになりつつあった。
 ある日、さぶちゃんが、また橋のたもとに圭太を要撃した。「この野郎!」と彼は言った。例の握り太の茨のステッキ――彼はそれを学校の前の藪の中へ隠しておいて、往きかえりに必ず携えていた――そいつで、圭太を嚇しつけた。
「こら、貴様、この頃俺ちっとも言わねえと思って、生意気だぞ!」
 圭太は蟇のように身を縮めた。いまにもそのステッキが自分の頭上か、肩先かへ落ちるような気がしたのだ。
 さぶちゃんの一味は、小気味よさそうに、圭太の前後に立ち塞がった。
「いいか、こら!」とさぶちゃんは言った。「貴様、綾子と話しなんかしたら、本当にこれを食わせるから!」
 すると他の取りまき連中も言った。
前へ 次へ
全13ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング