手が何本か、かかった。へばりついた手をひっぺがそうとするものもあった。
だが、圭太はその時立ち上っていた。さぶちゃんやその手下のものを払い退けるようにして再び渡り出した。
彼はもう前後左右も、青い渦巻く流れも、大空も何も見なかった。眼をつむるようにして、足許だけ――ほんの自分が踏み出す四五センチ先ばかりしか見なかった。
ふらふらと定めない彼の足は、五歩、六歩と行くうちに、自然に調子が定まり、しかも、見よ! だんだんそれが速くなって、ほう、駈ける! 駈ける! 駈け出してしまったのだ、圭太は!
彼が駈けるにつれて、さぶちゃんはじめ、腕白どもも駈け出していた。彼らは意外だったのだ。圭太に駈ける度胸があろうとは誰一人考えていなかったのだ。さぶちゃんはじめ、奴が泣いてあやまるだろうとひそかに期待していたのだった。
圭太はもう夢中だった。顔の形相がすっかり変っていた。彼は何も見も思いもしなかった。そして次第に早く駈けて、流れの中央へまで行った時、彼は朽ちた欄干の上を踏みはずして、風のようにそのまま宙を飛んでしまっていた。
三
気がついた時、圭太は自分の前に、二三の女生徒が
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