ている時だからね。この町の時計屋へ持って行ったって三十円は欠けまいと思うよ。君、僕を助けると思って取ってくれないかね。
 紳士はどっしりした金時計と鎖とを仙太へ突きつけた。びっくりして見つめた仙太の眼は、夕陽にかがやくその山吹色のためにくらくらと眩めいた。
 ――弱ったな、僕はこの汽車で帰らないともう汽車がないんだ。あと十分しかないんだが……じつに弱っちまったな。
 仙太は五円のぼろ札を出して金時計を受取った。タカムラに張りそこなったやつを、この金時計――降って湧いたような――で取りかえそうとふと考えたのだ。それにまた立派な紳士が五百円もすってしまって家へかえれない! さぞかし彼の家にも、自分の女房のような口喧しい細君が、神経を尖らして待っているのであろう。
 紳士は五円を受取ると丁寧に礼を言って、どこかへ去って行った。
 仙太は重い金時計を懐中へ押し込んで、再び柵のところへやって来たが、しかしもう馬の興味は起って来なかった。タカムラが、ひいきの馬が、みごとに勝ったんだ! それでよかった。これからまだ少し時間もあるから、この金時計を塚田屋へ持って行って金にかえよう。
 塚田屋というのは
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