う断乎として相手を抜き、疾風の如くゴールイン!
 仙太は狂めく嵐の中に、夢中になって何度か躍り上り、涙を流してどなりわめいた。付近にいた何人かの人の足を踏んで、手ひどく抗議されなかったら、彼はもっともっと狂っていたことだったろう。
 やがて彼は我にかえった。現金引換所では十円札や百円札が広告のビラのように引掴まれた。
 ――ああ俺は? 俺は?
 仙太はぽかんとしてしまった。一万円ばかり吹っ飛ばしてしまったような気がした。その時、もしもしと言って肩を叩くものがある。誰かと思って振りかえると、それは知った顔ではなく、どこかの――おそらく東京からでもやって来た立派な紳士だった。
 ――失礼だが、この金時計買ってくれまいかね。僕はね、今日運が悪くて五百円ばかりすっちまったんだ。東京へかえる汽車賃も、子供らへ買って行く土産代も、何もかも、本当に一文なしになっちまったんだ。実に弱っちまった……。
 紳士はつくづくと悲観した。
 ――これ、君、鎖とも五円でいいよ。じつは買う時は八十円したんだがね。天賞堂の保険つきだから確かなもんだ。つぶしにしたって三十円――いや五十円はある。なにしろいま地金の騰貴し
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