、女房には内密で持ち出した五円札も、実はそうした月末の納税にぜひ必要なものだった。
――十倍にして返さい! 畜生、けちけちしやがるねえ!
彼は村を出端れて野の向うに町のいらかがきらきらと春の日光を受けてかがやいているのを眺めると、気が大きくなってしまった。この日の競馬を知らせる煙火がぽんぽんと世間の不景気なんか大空の彼方へ吹っ飛ばしてしまいそうにコバルト色の朝空にはじけた。
仙太は、でも神妙に山裾の開墾地へ行って午前中だけ働いた。あとで女房から証跡を発見されてはいけないと無論考えたのである。が、十一時、十二時近くになって、眼の前の道をぞろぞろと人々が押しかけはじめるのを見ると、もうたまらなかった。お祭の朝の小学生のように彼の胸は嵐にふくらんでしまった。
野良着の裾を下ろした彼は、そのまま宙を飛んだ。町の郊外にある競馬場は、もう人で埋っていた。すでに何回かの勝負があったらしく、喊声や、落胆の溜め息や、傍観者の笑いさざめきなどが、ごっちゃになってそこから渦巻き昇っていた。
彼は人混みを分けて柵に近づいた。煙草入のかます[#「かます」に傍点]から、前夜隣家から借りて切り抜いて取ってお
前へ
次へ
全10ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング