く、娘などから金をもらって辛うじて生きている。こんな不本意なことはない」といって、またしても泣き出してしまったという。
 ある家では、親切のつもりで、酒なんかあまりやらぬがいい、酒を過ごすと頭も変になる……と忠告すると、ぷりぷり怒って、「第一、酒なんかやる気になれるか、現在を何と思う。俺は昨日娘からまた金をもらったが、これ、この通り一文も手をつけねえで持っている。俺のことを金がなくて気狂いになったなんていう奴もあるというが、俺は、そんな男じゃねえ、見損ってもらうめえ……」
 そして蹴とばすように出て行ったとか。
「ますます変だ」と村人は噂し出した。
 近所を歩いたという日、老爺は私の家へも立ち寄った。訪う声がするので起ち上りかけると、「奥さんはお留守ですか」と家の中を覗き込んだが、そのまま立ち去ってしまった。
 老人が死んでいると聞いたのはそれから三日とは経たなかった。夜半まで、近所の人々は、老人の軍歌を歌っている声、行進するように踊っている足拍子を聞いたという。四郎右衛門とは昔から縁つづきの四郎兵衛という家の若者が、朝十時頃になっても老人の起き出す気配がないので行って見ると、寝床の中
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