も上げたのである。それからあとは、地面をみつめ、声をあげて泣き、ややあって、
「わしは、農村の穀つぶしです。自殺しようかと思って考えているんです。」
そして右手を上げて、いきなり涙を打ち払い、すたすたと庭先から往来へ飛び出して行った。
「いよいよ怪しいな」と人々は顔を見合せた。
「飲んだんだあるめえか。さっき郵便屋が書留だなんて爺さまへ渡していたっけから。」
「久しぶりで娘から金が来たか。」
「そうらしかったな。」
「でも、あの顔は飲んだ顔じゃなかったぞ。」
「本当にキの字だとすると、これ近所のものが大変だな。」
心配し出したものもあった。しかしながらその翌日のこと、老爺は付近の家々を一軒一軒廻って歩いて、「俺は決して気なんか違っていない。若いものはみんなああして次ぎつぎに戦地へ出て行く。戦地へ行けない男女老若といえども、それぞれ自分の職に励んで、幾分たりとも国のために尽している。しかるに自分は……」
そう言ってやはり泣き出したという。ある家へ行っては、「自分は失職しない前、砲兵工廠につとめて、何とかいう大佐から感状をいただいたこともある。しかるに現在は、安心しておれる家とてもな
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