一老人
犬田卯
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)我輩《わがはい》は
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)唇|辺《へん》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)発狂もくそ[#「くそ」に傍点]も
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一
「諸君! 我輩《わがはい》は……」
突然、悲憤の叫びを上げたのである。
ちょうど甥が出征するという日で、朝から近所の人達が集まり、私もそのささやかな酒宴の席に連っていた。
障子の隙間から覗いた一人が「四郎右衛門の爺様」だと言った。
怒鳴った爺様は、さめざめと泣き出したのである。着物の袖と袖の間に顔を突っ込み、がっくりとして声を発していたが、やがて踵《くびす》をかえし、すたすたと門口へ消えて行く。
「気でも違ったんじゃあるめえ」と一人が言い出した。
「酔っ払っていたんだねえか。」
「いや、この二三日酒はやらねえ様子だっけな。昨日もなんだか訳の分らねえことしゃべくりながら人に行き逢っても挨拶もしねえで、そこら歩いていたっけから。」
「どうもおかしい。」「普通じゃねえな。」
私はまだこの老爺に直接
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