重ねて生まれしめたものである。ゆえに、このノハナショウブは栽培ハナショウブの親である。昔かの岩代《いわしろ》〔福島県の西部〕の安積《あさか》の沼のハナショウブを採《と》り来って、園芸植物化せしめたといわれるが、それはたぶん本当であろう。
しかしハナガツミというものがその原種だというのは、妄説《もうせつ》であると私は信ずる。そしてその歌の、「陸奥《みちのく》のあさかの沼の花がつみかつ見る人に恋やわたらむ」の花ガツミはマコモ、すなわち真菰《まこも》の花を指《さ》したもので、なんらこのハナショウブとは関係はないが、園養のハナショウブを美化《びか》せんがために、強《し》いてこの歌を引用し、付会《ふかい》しているのは笑止《しょうし》の至りである。
ハナショウブの花は千差万別《せんさばんべつ》、数百品もあるであろう。かつて三好学《みよしまなぶ》博士が大学にいる間に、『花菖蒲図譜《はなしょうぶずふ》』を著《あらわ》して公《おおやけ》にしたが、まことに篤志《とくし》の至りであるといってよい。われらはこの図譜《ずふ》によって、明治末年前後のハナショウブ花品《かひん》を窺《うかが》うことができるわけだ
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