はない。ゆえに往時《おうじ》は、これを畑に作ったことがあった。野生《やせい》のものはそうザラにはないから、染料《せんりょう》に使うためには、是非《ぜひ》ともこれを作らねばならぬ必要があったのである。そしてこの紫根《しこん》の上等品は染料の方へ回《まわ》し、下等品を薬用の方へ回したものだそうな。
 昔は紫の色はみな紫根《しこん》で染《そ》めた。これがすなわち、いわゆる紫根染《しこんぞ》めである。今はアニリン染料《せんりょう》に圧倒《あっとう》せられて、紫根染《しこんぞ》めを見ることはきわめてまれとなっている。私は先年、秋田県の花輪《はなわ》町の染《そ》め物屋《ものや》に頼《たの》んで、絹地《きぬじ》にこの紫根染《しこんぞ》めをしてもらったが、なかなかゆかしい地色《じいろ》ができ、これを娘の羽織《はおり》に仕立てた。今それをアニリン染料《せんりょう》の紫に比《くら》ぶれば、地色《じいろ》が派手《はで》でないから、玄人《くろうと》が見れば凝《こ》っているが、素人《しろうと》の前では損をするわけだ。私はさらに同|染《そ》め物屋《ものや》で茜染《あかねぞ》めもしてもらったが、茜染《あかねぞ》めの
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