キツバタの語原は書きつけ花の意で、その転訛《てんか》である。すなわち、書きつけは摺《す》り付《つ》けることで、その花汁《かじゅう》をもって布を摺《す》り染《そ》めることである。昔はこのような染め方が行われて、カキツバタの花の汁《しる》を染料《せんりょう》にしたのである。
 その証拠《しょうこ》には『万葉集』に次の歌がある。

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住吉《すみのえ》の浅沢小野《あささはをぬ》のかきつばた
  衣《きぬ》に摺《す》りつけ著《き》む日知らずも
かきつばた衣《きぬ》に摺《す》りつけ丈夫《ますらを》の
  きそひ猟《かり》する月は来にけり
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 この二つの歌を見れば、カキツバタの花の汁《しる》で布を染《そ》めたことが能《よ》くわかる。(こういう場合の「よく」を「良く」と書いてはいけない。)
 今からおよそ十年|余《あま》りも前に、広島県|安芸《あき》の国〔県の西部〕の北境《ほっきょう》なる八幡《やはた》村で、広さ数百メートルにわたるカキツバタの野生群落《やせいぐんらく》に出逢《であ》い、折《おり》ふし六月で、花が一面に満開して壮観《そうかん》を極《きわ》
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