実を結ぶけれど、食うようなものはけっしてできない。このバショウの名は芭蕉《ばしょう》から来たものだけれど、元来《がんらい》芭蕉はバナナ類の名だから、右のように日本のバショウの名として用いることは反則である。昔の日本の学者は芭蕉《ばしょう》の本物を知らなかったので、そこでこの芭蕉《ばしょう》の字を濫用《らんよう》し、それが元《もと》でバショウの名がつけられ今日《こんにち》に及《およ》んでいるのである。いまさら改《あらた》めようもないから、まずそのままにしておくよりほか仕方《しかた》がない。そしてこのバショウは、元来《がんらい》日本のものではなく昔中国から渡って来た外来《がいらい》植物なのである。
中国名の芭蕉《ばしょう》は一に甘蕉《かんしょう》ともいい、実はバナナ、すなわちその果実の味の甘《あま》いバナナ類を総称した名である。ゆえにバナナを芭蕉《ばしょう》といい、甘蕉《かんしょう》といってもよいわけだ。
数年前には台湾《たいわん》より多量のバナナが日本の内地に輸入せられ、大きな籠《かご》に入れたまま、それが神戸港《こうべこう》などに陸上《りくあ》げせられた時はまだ緑色であった。それを仲買人《なかがいにん》が買って地下室に入れ、数日も置くとはじめて黄色に熟《じゅく》するので、それからそれが市場の売店へ氾濫《はんらん》し一般の人々を喜ばせたものだったが、一朝《いっちょう》バナナの宝庫の台湾が失われた後は、前日のバナナ盛況《せいきょう》を見ることはできなくなってしまった。
[#「バナナの図」のキャプション付きの図(fig46821_21.png)入る]
オランダイチゴ
オランダイチゴは今日《こんにち》市場では、単にイチゴと呼んで通じている。けれども単にイチゴでは物足《ものた》りなく、且《か》つ他のイチゴ(市場には出ぬけれど)とその名が混雑する。人によっては草苺《くさいちご》と呼んでいれど、これも別にクサイチゴがあるから名が重複して困る。オランダイチゴの名は回《まわ》りくどくて言いにくいし、他の名は混雑、重複するし困ったものだ。あるいは西洋イチゴといってもよかろうが、いっそ英語のストローベリ(Strawberry)で呼ぶかな、それがご時勢《じせい》向きかもしれない。
このオランダイチゴをむずかしく学名で呼ぶとすれば、それは Fragaria chiloensis Duch[#「Duch」は斜体]. var. ananassa Bailey[#「Bailey」は斜体] である。日本産のモリイチゴ(シロバナヘビイチゴ)もその姉妹品《しまいひん》で、これは Fragaria nipponica Makino[#「Makino」は斜体] であり、いま一つ同属の日本産は、ノウゴイチゴで、それは Fragaria Iinumae Makino[#「Makino」は斜体] である。このモリイチゴもノウゴイチゴも共《とも》にその実はオランダイチゴそっくりで、ただ小形であるばかりである。その形、その味、その香《にお》い、なんらオランダイチゴと変わりはない。わが邦《くに》の園芸家がこれに着目《ちゃくもく》し、大いにその品種の改良を企《くわだ》てなかったのは、大《だい》なる落度《おちど》である。
このオランダイチゴ、すなわちストローベリの実の食《く》うところは、その花托《かたく》が放大して赤色《せきしょく》を呈《てい》し味が甘く、香《にお》いがあって軟《やわ》らかい肉質をなしている部分である。人々はその花托《かたく》すなわち茎《くき》の頂部《ちょうぶ》、換言《かんげん》すればその茎《くき》を食《しょく》しているのであって、本当の果実を食《く》っているのではない(いっしょに口には入って行けども)。されば本当の果実とはどこをいっているかというと、それはその放大せる花托面《かたくめん》に散布《さんぷ》して付着《ふちゃく》している細小な粒状《つぶじょう》そのもの(図の右の方に描いてあるもの)である。
ゆえにオランダイチゴは食用部と果実とはまったく別で、ただその果実は花托面《かたくめん》に載《の》っているにすぎない。そして畢竟《ひっきょう》このオランダイチゴの実も一つの擬果《ぎか》に属するのだが、それは野外に多きヘビイチゴの実も同じことだ。このヘビイチゴの実には甘味《あまみ》がないからだれも食《く》わない。いやな名がついていれど、もとよりなんら毒はない。ヘビイチゴとは野原で蛇《へび》の食《く》う苺《いちご》の意だ。
[#「オランダイチゴの図」のキャプション付きの図(fig46821_22.png)入る]
[#改ページ]
あとがき
まず以上で花と実との概説《がいせつ》を了《お》えた。これは一気呵成《いっきかせい》に筆《ふで》にま
前へ
次へ
全30ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング