と同じものであるとする所説は、まったく噴飯《ふんぱん》ものである。要するに、歴史上のタチバナと日本野生品のタチバナとは、全然関係のないミカンであることを私は断言《だんげん》する。
前記《ぜんき》のとおりわが邦《くに》野生のいわゆるタチバナに、かくタチバナの名を保《も》たしておくのは元来《がんらい》間違いであるのみならず、前からすでにある歴史上のタチバナの本物と重複するから、これをヤマトタチバナと改称すると提議したのは、土佐《とさ》〔高知県〕出身で当時|柑橘界《かんきつかい》の第一人者であった田村|利親《としちか》氏であったが、その後、私はさらにそれを日本《にっぽん》タチバナの名に改訂《かいてい》した。
なぜそうしたかというと、ザボンの一品に疾《と》くヤマトタチバナの名称があったからであった。ちなみに右田村氏は、かつて日向《ひゅうが》の国〔宮崎県〕において一の新蜜柑《しんみかん》を発見し、これを小夏蜜柑《こなつみかん》と名づけて世に出した。すなわち小形の夏蜜柑《なつみかん》の意で、そのとおり夏蜜柑《なつみかん》よりは小形である。そしてその味は夏蜜柑ほど酸《す》っぱくなくて甘味《あまみ》を有している。これは四、五月ごろに市場に現《あらわ》れ、サマー・オレンジと称している。この品は田村氏がはじめて見いだしたので、一に田村|蜜柑《みかん》とも呼んでいる。
[#「ミカンの図」のキャプション付きの図(fig46821_20.png)入る]
バナナ
元来《がんらい》バナナ(Banana)はその実のできるミバショウ(学名は Musa paradisiaca L[#「L」は斜体]. subsp. sapientum O[#「O」は斜体]. Kuntze[#「Kuntze」は斜体])の名であるが、日本民間でふつうにバナナというと、その実(果実)を指《さ》して呼んでいる。しかし西洋でも同様にその実をバナナといっていることもないではないが、これを正しくいうならバナナの実と呼ぶべきである。
さて、果実としてのバナナは元来《がんらい》そのいずれの部分を食《しょく》しているかというと、実はその果実の皮を食しているので、これはけっして嘘《うそ》の皮ではなく本当の皮である。もしもバナナにこの多肉質《たにくしつ》をなした皮がなかったならば、バナナは果実としてなんの役にも立たないものである。幸《さいわ》いにも多肉質の皮が存しているために、これが賞味《しょうみ》すべき好果実として登場しているのであるが、しかしこの委曲《いきょく》を知悉《ちしつ》していた人は世間《せけん》に少ないと思う。ゆえにバナナは皮を食うといったら、みな怪訝《けげん》な顔をするのであろう。
バナナのミバショウ植物は、見たところ内地にあるバショウそっくりの形状をしている。それもそのはず、その両方が同属(Musa すなわちバショウ属)であるからだ。葉を検《けん》して見ると、バナナの方が葉質《ようしつ》がじょうぶで葉裏が白粉《はくふん》を帯《お》びたように白色《はくしょく》を呈《てい》しており、そして花穂《かすい》の苞《ほう》が暗赤色《あんせきしょく》であるから、わがバショウの葉の裏面《りめん》が緑色で、花穂《かすい》の苞《ほう》が多少|褐色《かっしょく》を帯《お》びる黄色なのとすぐ区別がつく。
バナナを食うときはだれでもまずその外皮《がいひ》を剥《は》ぎ取り、その内部の肉、それはクリーム色をした香《にお》いのよい肉、を食《しょく》する。そしてこの皮と肉とは、これは共《とも》にバナナの皮であるが、皮のように剥《は》げる皮は実はその外果皮《がいかひ》で、これは繊維質《せんいしつ》であるから、それが細胞質の肉部すなわち中果皮《ちゅうかひ》内果皮《ないかひ》から容易に剥《は》ぎ取れるわけだ。この繊維質部は食用にならぬが、食用になるのはその次にある細胞質の部のみで、これが前記のとおり中果皮《ちゅうかひ》と内果皮《ないかひ》とである。
元来《がんらい》このバナナが正しい形状を保っていたなら、こんな食《く》える肉はできずに繊維質の硬《かた》い果皮《かひ》のみと種子とが発達するわけだけれど、それがおそろしく変形して厚い多肉部が生じ種子はまったく不熟《ふじゅく》に帰《き》して、ただ果実の中央に軟《やわ》らかい黒ずんだ痕跡《こんせき》を存しているのみですんでいる。すなわちこれは果実の常態《じょうたい》ではなくまったく一の変態で、つまり一の不具である。すなわちこれが不具であってくれたばっかりに、吾人《ごじん》はこの珍果《ちんか》を口にする幸運に遭《あ》っているのである。要するに、われらはバナナの中果皮、内果皮なる皮を食《く》って喜んでいるわけだ。
わが邦《くに》にあるバショウにも花が咲いて果
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