油然《ゆうぜん》と湧《わ》き出るのを禁じ得ない。されども、人々が野や山より移して庭に栽植《さいしょく》しないのはどうしたものか、やはり、野に置けれんげそうの類かとも思えども、しかしそう野でこれを楽しむ人もないようだ。
 リンドウはリンドウ科に属し、わが邦《くに》では本科中の代表者といってよい。そしてその学名は Gentiana scabra Bunge[#「Bunge」は斜体] var. Buergeri Maxim[#「Maxim」は斜体]. である。この学名中にある var. はラテン語 varietas(英語の variety)の略字で、変種ということである。
 このリンドウ属(Gentiana)には、わが邦《くに》に三十種以上の種類があるが、その中でアサマリンドウ、トウヤクリンドウ、オヤマリンドウ、ハルリンドウ、フデリンドウ、コケリンドウなどは著名な種類である。右のアサマリンドウは、伊勢《いせ》〔三重県〕の朝熊山《あさまやま》にあるから名づけたものだが、また土佐《とさ》〔高知県〕の横倉山《よこぐらやま》にも産する。
 根の味が最も苦《にが》く、能《よ》く振《ふ》り出して健胃《けんい》のために飲用《いんよう》するセンブリは、一《いつ》にトウヤクともいい、やはりこのリンドウ科に属すれど、これはリンドウ属のものではなく、まったく別属のもので、その学名を Swertia japonica Makino[#「Makino」は斜体] といい、効力ある薬用植物として『日本薬局方』に登録せられている。秋に原野に行けば、採集ができる。

[#「リンドウの図」のキャプション付きの図(fig46821_05.png)入る]

     アヤメ

 アヤメといえば、だれでもアヤメ科中の Iris 属のものと思っているでしょう。それもそのはず、今日《こんにち》ではアヤメと呼べば一般にそうなっているからだ。しかし厳格にいえば、このアヤメはまさにハナアヤメといわねばならぬものであった。なんとなれば、一方に本当のアヤメがあったからだ。とはいえ、この本当のアヤメの名は、実は今日ではすでに廃《すた》れてそうはいわず、ただ古歌《こか》などの上に残っているにすぎない運命となっているから、そう心配するにも及《およ》ぶまい。
 右に古歌《こか》といったが、その古歌とはどんな歌か、今|試《こころ》みに数
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