摂津の某所にそれが一度珍しく見つかったことがあったからである。惜しいことには、その白花品をある小学校の先生が他へ運んでついになくしたという事件があった。私は人に頼んでその顛末を詮議してもらったけれど、ついにそれを突き止めることが出来ず、よく判らずにすんでしまった。
さて狐の剃刀とはその狭長な葉の形に基づいた名だ。時とするとヒガンバナに対してもキツネノカミソリの名を呼んでいるところがある。
これらの地中の球は俗に球根といっているが、じつは根ではなくて、其の根は鬚状をなして球の底部から発出しているいわゆる鬚根である。そしてこの球は極く短かい地下茎と地中の葉鞘からなっており、その大部はこの変形した葉鞘からなっており、その大部はこの変形した葉鞘で、それは嚢のように膨らんだ筒を成し層々と重なり、そこに養分が貯えられているから厚ぼったい。この部からは澱粉がとれる。元来この球には毒分(リコリンというアルカロイド)があるが、澱粉には無論この毒はない。またこの球を潰して流水に晒せばその毒分が流れ出て、その残ったものは餅に入れて食べられる。そしてこの球根を植物学上では襲重鱗茎(tunicated bulb)と称するが、しかしこの茎と指すところは前述の通りの極めて短かい茎で球の底部にあり、この茎から地下葉が重りつつ生じている。ユリ類の鱗茎はバラバラになった地下葉が出ているが、ヒガンバナ、キツネノカミソリなどは前記の通り地下茎が嚢様の筒となって重なっている。これは水仙も同じことだ。
これらは花の咲くときは葉がなく、葉は花がすんだあとで出て春に枯れる。その後秋になるとまた忽然と花が出る。ゆえにヒガンバナに「葉見ず花見ず」の名がある。これはヒガンバナに限らず、キツネノカミソリでもナツズイセンなどでもこの属の植物はみな同じである。今これを星に喩えれば参商の二星が天空で相会わぬと同趣だ。
私はこの属に今一種あることを知っている。そうすると日本にこの属のものが六種となる。それはオオキツネノカミソリ(新称)であって、今その学名を Lycoris kiusiana Makino[#「Makino」は斜体](sp. nov.)と定めた。そしてその概説は An allied species to Lycoris sanguinea Maxim[#「Maxim」は斜体]., but the leaves broader, and the flower larger than, and its colour similar to those of the latter. Perianth lobes larger and broader. Stamens much exserted(=Lycoris sanguinea[#「Lycoris sanguinea」は斜体] Maxim. var[#「var」は斜体]. kiusiana Makino[#「kiusiana Makino」は斜体], in herb.)であるが、なおその詳説は拙著『牧野植物混混録』に掲載する。
この襲重鱗茎球の外面は他のヒガンバナなどと同様に黒色となっているが、これはその球を包んでいる地中の葉鞘が老いて、その内容物を失い、黒い薄膜となって球の外面を被覆しているのである。
ハマカンゾウ
ハマカンゾウ(浜萱草の意)というワスレグサ(萱草)属の一種があって、広く日本|瀕海《ひんかい》の岩崖地に生育し、夏秋に葉中長|※[#「くさかんむり/亭」、第4水準2−86−48]《てい》を抽《ぬ》いて橙黄色を日中に発《ひ》らき、吹き来る海風にゆらいでいる。花後にはよく※[#「くさかんむり/朔」、第3水準1−91−15]果を結び開裂すれば黒色の種子が出る、無論宿根草である。
葉はノカンゾウと区別し難く、狭長で叢生し、葉色は敢えてナンバンカンゾウ(南蛮萱草の意)のように白らけてはいなく、またその葉質もナンバンカンゾウのように強靱ではなく、またその葉形もナンバンカンゾウのように広闊ではなく、またその花蓋片もナンバンカンゾウのように幅闊からずで、それとは自ら径庭があり、かつまたナンバンカンゾウの葉はその葉の下部が多少冬月に生き残って緑色を保っている殊態があるが、これに反してハマカンゾウの葉は冬には全然地上に枯尽してしまうことがノカンゾウまたはヤブカンゾウなどにおけると全く同様である。根もまたノカンゾウ、ヤブカンゾウと同じく粗なる黄色の鬚根で、その中にまじって塊根をなしているものがある。そして株からは地下枝を発出して繁殖するから、植えておくと大分拡がり、花時には多くの※[#「くさかんむり/亭」、第4水準2−86−48]を出して盛んに開花するが、その花径はおよそ三寸ばかりもある。
花がすんだ後なおその緑色の※[#「くさかんむり/亭」、第4水準2−86−48]が枯れず、その梢部に緑葉ある芽を生ずる特性があるが、初めこの現象あるに気がついたので写真入りで、昭和四年(1929)四月十五日発行の『植物研究雑誌』第六巻第四号誌上にその事実を発表したのは久内清孝君で、同君はそれを相州葉山長者ヶ崎の小嶼《しょうしょ》で採集せられたのであった。そして私はこの種にハマカンゾウの新和名とともに Hemerocallis littorea Makino[#「Makino」は斜体] なる新学名をつけておいた。
このハマカンゾウは一つの good species であり、また littoral plant である。広く太平洋、日本海の沿岸に分布して生じているから、中国でも四国でもまた九州でも常に瀕海の崖地で見られる。薩州|甑島《こしきじま》に生ずる萱草も多分このハマカンゾウにほかならないであろう。
琉球ではハマカンゾウは自生していないが、しかしこれを圃隅に植えてその花を食用に供している。そして、これを塩漬にもし泡盛漬にもし、また汁の実にもするが、内地では一向それを利用していない。
昭和十九年二月に、東京の桜井書店で発行になった吉井勇《よしいいさむ》氏の歌集『旅塵』に、佐渡の外海府での歌の中に「寂しやと海の上《うえ》より見て過ぎぬ断崖《だんがい》に咲く萱草《かんぞう》の花《はな》」というのがあるが、この歌の萱草は疑いもなくハマカンゾウを指しているのである。
終りに、上のナンバンカンゾウそのものについて述べてみると、飯沼慾斎《いいぬまよくさい》の『草木図説《そうもくずせつ》』巻之六(文久元年辛酉1861)※[#「くさかんむり/(糸+爰)」、241−3]に草(通名)と出で、明治八年(1875)の同書新訂版にはワスレグサ萱草と出ているその植物は、けっして※[#「くさかんむり/(糸+爰)」、241−4]草でも萱草でもまたワスレグサでもなくて、これは宜しくナンバンカンゾウとせねば正しい名とはなりえないものである。慾斎氏はこれを Hemerocallis flava(羅)Geele Dagschoon(蘭)にあてているが、これは無論あたっていなく、そしてその正しい学名は Hemerocallis aurantiacus Baker[#「Baker」は斜体] である。本品は蓋し中国の原産で、我国へは徳川時代に渡来したものである。爾来人家の庭園に栽植せられて一つの花草となっているが、しかしそう普通には見受けない。右『草木図説』には「伊吹山ニ多ク自生アリ」と書いてあるが、これは慾斎の誤認で、同山には絶対この種を産しなく、ただ同山にはその山面の草地にキスゲ一名ユウスゲ一名ヨシノスゲ一名マツヨイグサ(同名がある)すなわち Hemerocallis Thunbergii Baker[#「Baker」は斜体] を見ているだけである。
右の※[#「くさかんむり/(糸+爰)」、241−12]の字は※[#「くさかんむり/(言+爰)」、第3水準1−91−40]の字の誤り、これは萱と同字で、その漢音はケン、呉音はクヮン、共に忘れる意である。
イタヤカエデ
日本産のカエデ類(Acer)にイタヤカエデという名のカエデがあるが、今日の人々はみなその実物を間違えている。つまり本当のイタヤカエデがイタヤカエデとなっていなく、イタヤカエデでないものがイタヤカエデとなっている。そしてそれが林学の方面でもまた植物学の方面でも通り名となって誰も疑わずにこの名を用いているから、これは科学上どうしても是正しておかねばならんのである。猴は人ではなく、犬は猫でなく、牛は馬ではない。
元来イタヤカエデとはどういう意味から割り出して来た名であるのかとたずねてみると、これは宝永七年(1710)に出版になった、東武蔵、江戸の北なる染井の植木屋の主人|伊藤伊兵衛《いとういへい》の著『増補地錦抄《ぞうほちきんしょう》』によって見れば、イタヤカエデは紅葉するカエデの中でその葉が大形なものであるから、それが天日を蓋うように繁れば降り来る雨もそれを通して漏り来ることはあるまい。それはちょうど屋根を板葺きにした板家《いたや》と同様だから、それで板家カエデというのであるとして、今日いうハウチワカエデ(Acer japonicum Thunb[#「Thunb」は斜体].)の葉形が掲げてある。
この板屋《イタヤ》カエデをまた名月《めいげつ》というとしてその語原が書いてあるが、その名の起こりは『古今集』から来たもので、その集中の「秋の月山へさやかにてらせるは落る紅葉のかずを見よとか」の歌に基づいたもので、これは秋の紅葉の時節にこの赤色に染った葉が地面に落ち布ける数を、照る月の光でかぞえ見ることが出来るだろうとの意味である。
右によると、イタヤの名もメイゲツの名と同じく、Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. の品類の名ではないから、この類からイタヤカエデの名を取り消さねば名称学上正しいものとはなりえない。ゆえにこの Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. 一類の品はこれをツタモミジとかトキワカエデ(これは常磐すなわち常緑の意味ではなく、赤く紅葉しない意味だ、すなわちこの品は黄葉して赤色とはならない)とかの従来からある名にすればそれでよろしい。
従来山人が実地に呼んでいるものに、シロビイタヤ(白皮イタヤ)、アカビイタヤ(赤皮イタヤ)、クロビイタヤ(黒皮イタヤ)の三つがあるが、これはみな Acer mono Maxim[#「Maxim」は斜体]. 中の品である。この mono 種にはいろいろの品があるので、その品によって樹皮の色が違うのであろう。ゆえにこれはどれがどれ、どれがどれと突きとめる必要があるのだが、林学の方で果たしてそれが判っているだろうかどうだろう、林学関係の学者に聴きたいものだ。
今日植物学界では北海道に産する(本州にもある)Acer Miyabei Maxim[#「Maxim」は斜体].(この種名 Miyabei 宮部金吾《みやべきんご》博士を記念するために名づけたものだ)を誰がいったか知らんが、クロビイタヤと呼んでいる。しかし上に書いたようにこのクロビイタヤの名はいわゆるイタヤカエデの一品を呼んだものにほかならないから、何か別の和名に改める必要がある。そこで私は先きにこれをエゾイタヤと変更し、これを我が『牧野日本植物図鑑』に書いておいたが、しかしまことに気持ちよい爽やかな図が Sargent 氏の Forest Flora of Japan に出ている。この書には日本の飜刻版がある。
三度グリ、シバグリ、カチグリ、ハコグリ
諸国に往々三度グリと呼んでいるクリがあって、その土地の名高い名物となっていることがある。すなわちそれは一年に三度実が生るというのである。実際そんなクリがあるにはあるが、じつをいうと何も一度、二度、三度と区切って実が生るのではなく、夏から秋まで連続してその実が着くのである。
かく呼ばれている三度グリについては、私の生国土佐にもその例があって『土佐国産往来《とさこくさんおうらい》』にも「三度生
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