驕Bこれはそのイチハツを屋上に栽えれば久しく生活して永く残るゆえだといわれる。
甲州ではイワヒバ(方言イワマツ)が藁葺屋根の棟に列植せられてある。東北地方では同じく藁葺の家根草にまじって往々オニユリの花が棟高く赤く咲いていて、すこぶる鄙びた風趣を呈している。
泰西のある学者は横浜付近の野にイチハツが野生しているように書いているが、それは見誤りでイチハツは絶対に我国に野生はない。
ワルナスビ
ワルナスビとは「悪る茄子」の意である。前にまだこれに和名のなかった時分に初めて私の名づけたもので、時々私の友人知人達にこの珍名を話して笑わしたものだ。がしかし「悪ルナスビ」とは一体どういう理由で、これにそんな名を負わせたのか、一応の説明がないと合点がゆかない。
下総の印旛郡に三里塚というところがある。私は今からおよそ十数年ほど前に植物採集のために、知人達と一緒にそこへ行ったことがある。ここは広い牧場で外国から来たいろいろの草が生えていた。そのとき同地の畑や荒れ地にこのワルナスビが繁殖していた。
私は見逃さずこの草を珍らしいと思って、その生根を採って来て、現住所東京豊島郡大泉村(今は東京都板橋区東大泉町となっている)の我が圃中に植えた。さあ事だ。それは見かけによらず悪草で、それからというものは、年を逐うてその強力な地下茎が土中深く四方に蔓こり始末におえないので、その後はこの草に愛想を尽かして根絶させようとしてその地下茎を引き除いても引き除いても切れて残り、それからまた盛んに芽出って来て今日でもまだ取り切れなく、隣りの農家の畑へも侵入するという有様。イヤハヤ困ったもんである。それでも綺麗な花が咲くとか見事な実がなるとかすればともかくだが、花も実もなんら観るに足らないヤクザものだから仕方ない、こんな草を負い込んだら災難だ。
茎は二尺内外に成長し頑丈でなく撓みやすく、それに葉とともに刺がある。互生せる葉は薄質で細毛があり、卵形あるいは楕円形で波状裂縁をなしている。花は白色微紫でジャガイモの花に似通っている一日花である。実は小さく穂になって着き、あまり冴えない柑黄色を呈してすこぶる下品に感ずる。
この始末の悪い草、何にも利用のない害草に悪るナスビとは打ってつけた佳名であると思っている。そしてその名がすこぶる奇抜だから一度聞いたら忘れっこがない。
この草は元来北米の産でナス科ナス属に属し Solanum carolinense L[#「L」は斜体]. の学名を有する。アメリカ本国でも無論耕地の害草で、さぞ農夫が困りぬいているであろうことが想像せられる。そしてこの草の俗名は Horse−Nettle, Sand−Brier, Apple−of−Sodom, Radical−weed, Bull−nettle ならびに Tread softly である。
ついでに、三里塚にはこれも北米原産の Rudbeckia hirta L[#「L」は斜体]. が沢山生えている。茎は立ち葉は披針形で毛がある。花季には黄色の菊花が競発する。まだ和名がないようだから、私は先きに黄金菊《コガネギク》の名をつけておいた。
カナメゾツネ
ヨタレソツネはナラムウヰノと続くイロハ四十七字中の字句であるが、このカナメゾツネはちっとも意味の分らん寝言みたいな変な名だ。これぞ明治の初年に東京は山手の四ツ谷辺で土地の人に呼ばれていた称呼で、それはアミガサタケの俗称である。そしてこの菌の学名は Morchella esculenta Fr[#「Fr」は斜体]. であって、その属名の Morchella はドイツ名の Morchel をジレニウスという学者が変更した名、種名の esculenta は食用トナルベキの意である。
この編み笠を冠ぶった姿のアミガサタケはなにも珍らしいほどのものではなく、五月の季節が来れば方々に生える地上菌で、その形が奇抜なものである。そしてその色は生ま黄色い灰白色で、なんだか毒ナバ(毒菌の意)らしく見える。西洋では昔からこの菌の食用になることを知っていた。
しかしこの菌が食えると聞いたら、普通の人はその姿から推してこれを怪訝に思うであろう。そしてよほど物好きな人でないかぎり多分食ってみる気にはならないであろう。が、かつて友人の恩田|経介《けいすけ》理学士は、同君の宅の庭に幾つか忽然と生え出たこの菌をうまいうまいと食べた一人であった。同君は次の年もやはり生えると楽しんでいたが、どういうもんか、それ以来ちっとも顔を見せないとこぼしていられた。多分これはキノコがまた食われては大変だと恐れをなして引っ込んだんだろう。そしてこれを味わうにはその菌体に塩を抹して焼いて食ってもよいといわれるが、私はまだ食わんからその味を知らない。私の庭にも一
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