moon(昼寝草《ヒルネグサ》)といわれ、その直根は軟くて甘味を含み、多少香気もありかつ滋養分もあるので食品として貴ばれる。またこれは発汗剤になるともいわれ、そしてその極く嫩い葉はサラドとして美味である。
属名の Tragopogon は Tragos(山羊《ヤギ》)pogon(鬚《ヒゲ》)のギリシャ語から成ったもので、それはその長い冠毛の鬚に基づいて名づけたものであろう。そして種名の porrifolius はリーキ葉ノという意味だが、このリーキはネギ属(Allium)の Leek で Allium porrum L[#「L」は斜体]. の学名を有しニラネギと呼ぶものである。今我国でも所により作られている。
茶の銘玉露の由来
製したお茶の銘の玉露(ギョクロ)は今極く普通に呼ばれている名であることは誰も知らない人はなかろう。ところがこれに反して、その玉露の名の由来に至っては、これを知っている人は世間にすくないのではないかと思う。
明治七年(1874)十一月に当時の新川《にいかわ》県(今の富山県の一部)で発兌《はつだ》になった『茶園栽培問答』と題する書物があって、同県の茶園連中が山城の茶名産地宇治から教師を聘して茶のことを問いただし、その教師の答を記したものである。その中に「玉露の由来」という一項があって問答しているから、次にこれを抄出する。
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問 玉露と云茶は如何の茶にて何故玉露 と申す訳でござる。
答 玉露は覆《おおい》をせし茶の総名でござる今より四十年足らず先より始まりたる茶にて其由来は去る頃大阪の竹商人某と云者折々宇治に来り濃茶薄茶を製するを見てふと心付此葉を以て煎茶に製せん事を木幡村の一ノ瀬と云人に頼み製しめしに元来肥え物の沢山に仕込たる茶なるが故に揉む時分に手の内にねばり付き葉は尽《ことごと》く丸く玉の様に出来上りたるを其儘|急須《きゅうす》に入れ試みしに実に甘露の味ひを含めり是より追々此製世に広まりたり其始め玉の様にて甘味あるを以て誰れ言となくたまのつゆと名付しものを今は音読みして玉露と名付し訳でござる。
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しかるに大槻文彦《おおつきふみひこ》博士の『大言海《だいげんかい》』には「ぎョくろ 玉露 製茶ノ銘、上品ナル煎茶ノモノ 文化年中ヨリ、山城宇治ニテ製シ始ム、其葉ヲ蒸ス時、上ニ新藁ヲ覆ヒトシ、ソレヨリ滴ル露ヲ受ケテ、甘味ヲ生ズト云フ」とあって、その玉露の語原がいささか前説とは違っている。これはいずれが本当か。そしてこの『大言海』の説はなんの書から移したものか今私には分らないが、その玉露の語の原因はどうも前説の『茶園栽培問答』の方が真実であるように感ずる。
御会式桜
毎年十月十三日は、弘安五年(1282)に、武州池上の本門寺で入寂した日蓮上人忌日の御会式《おえしき》で、またこれを法花会式《ほっけえしき》とも御命講《おめいこう》とも日蓮忌ともいわれる。この会式の催される時分にちょうど花の咲くサクラがあって、通常これは御会式桜《オエシキザクラ》と呼ばれ、往々それをお寺の庭などにも見受けるのだが、ありがた連中、随喜の涙にむせぶ連中はこのサクラの開花を仰ぎ見て、さも仏様の功徳によってそれが自然へ感応し、さてこそその花が有情に開くのだと感銘しているのであろう。そして世の中にこんな連中があればこそ仏様も立ちゆく訳で、万歳であり万々歳であろう。世間は広いので商売の工夫も商売道具もいろいろとあるもんだ。
さてこのサクラたるや、何も御会式とはなんの関係もなくまたなんの因縁もない。ゆえに御会式があろうがあるまいが、時が来れば吾不関焉《われかんせずえん》と咲き出づる、ちょうどこの秋時分に狂花《かえりざき》のように開花するためにこのサクラが利用せられているのである。サクラ喜こべサクラ喜こべ、オマエの運が回って来た。
このサクラの本名は十月《ジュウガツ》ザクラというもんだ。すなわち彼岸《ヒガン》ザクラ(東京の人のいうヒガンザクラは『大和本草《やまとほんぞう》』にあるウバザクラで、一つにウバヒガンと呼ばれまたアヅマヒガンともエドヒガンとも称えられるものである)一名小ザクラの一変種で、私は早くからこれを研究して Prunus subhirtella Miq[#「Miq」は斜体]. var. autumnalis Makino[#「Makino」は斜体] の学名をつけて発表しておいた。
この十月ザクラは絶えて野生はないのだが、国内諸所に植わっており、何も珍種と称するほどのものではない。秋季に一番よく花が咲き、そして冬を越して春になってもまた花が咲くのだが、しかし秋よりは樹上に花の数が少ない。その花は小さくて淡紅色で普通には半八重咲だが、また一重咲
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