フものもある。そして秋の花には往々多少は枝に葉を伴っている。
大和奈良公園二月堂の辺にもこのサクラが一本あった。奈良ではこれを四季《シキ》ザクラと呼んでいる。
贋の菩提樹
往々お寺の庭に菩提樹《ボダイジュ》と唱えて植わっている落葉樹があって、幹は立ち枝を張って時に大木となっている。お寺ではこれを本当の菩提樹だと信じて珍重し誇っているが、豈《あ》に図らんや、これはみな贋の菩提樹で正真正銘のものではないことに気がつかないのは情けない。殊に小さい円いその実で数珠を作って、これを爪繰り随喜しているのはなおもって助からない。
このいわゆる菩提樹はもと中国での誤称をその植物渡来と共に日本に伝えたものである。そしてこの樹は中国の原産でシナノキ科に属し Tilia Miqueliana Maxim[#「Maxim」は斜体]. の学名を有する。宝永六年(1709)に発行せられた貝原益軒《かいばらえきけん》の『大和本草《やまとほんぞう》』に「京都泉涌寺六角堂同寺町又叡山西塔ニアリ元亨釈書《げんこうしゃくしょ》ニ千光国師栄西入宋ノ時宋ヨリ菩提樹ノタネヲワタシテ筑前香椎ノ神宮ノ側ニウエシ事アリ報恩寺ト云寺ニアリシト云此寺ハ千光国師モロコシヨリ帰リテ初テ建シ寺也今ハ寺モ菩提樹モナシ畿内ニアルハ昔此寺ノ木ノ実ヲ伝ヘ植シニヤ」とあり、昭和四年六月発行の白井光太郎博士著『植物渡来考』ボダイジュの条下に「支那原産、本朝高僧伝及元亨釈書に後鳥羽帝の御宇僧栄西入宋し天台山にあり道邃《どうずい》法師所栽の菩提樹枝(果枝ならん)を取り商船に付し筑前香椎神祠に植ゆ、実に建久元年[牧野いう、一一九一年]なり、同六年天台山菩提樹を分ちて南都東大寺に栽ゆとあり」と書いてある。今これらの記事によると、この菩提樹渡来は相当ふるい年所をへていることが知られる。
このいわゆる菩提樹の実が飛び散り人は植えないが、時に山地に野生の姿となっていることがあって、軽率な人はこれを本来の自生だといっているが、それは無論誤解であって本種は断じて我が日本には産しない。
上に書いたものは贋の菩提樹であるが、しからば本当の菩提樹とはどんなものかというと、それはインドに産する常磐《ときわ》の大喬木で無花果属すなわちイチジク属に属し Ficus religiosa L[#「L」は斜体].(この種名の religiosa は宗教ノという意味)の学名を有し、釈迦がその下で説教したといわれる樹で、吾らはこれを印度菩提樹《インドボダイジュ》と呼んでいる。しかし元来はまさにこれを菩提樹といわねばならんのだが、贋ながらも上のように既に名を冒している次第だ。しかし今これを正しく改称するとしたら、インドの Ficus religiosa L[#「L」は斜体]. の方を菩提樹として本来の称呼を用い、贋の菩提樹の Tilia Miqueliana Maxim[#「Maxim」は斜体]. の方をシナノキボダイジュとして呼べばよろしく、本当はこうするのがリーズナブルだ。
インドボダイジュの実は形が小さくて円いけれど、元来が無花果的軟質の閉頭果であるから、もとより念珠にすべくもない。
菩提樹について『翻訳名義集《ほんやくめいぎしゅう》』によれば、この樹は一つに畢鉢羅《ヒッパツラ》樹と称する。仏がその下に坐して正覚を成等するによって、これを菩提樹というとある。またこの菩提樹は梵語ではピップラといい、ヒンドスタン等ではピッパル、ピパルあるいはピプルと呼ばれるとの事だ。
[#「ボダイジュ(贋の菩提樹)(Tillia Miqueliana Maxim[#「Maxim」は斜体].)原図、ただし果実ならびに花の図解剖諸事は白沢保美著『日本森林樹木図譜』による」のキャプション付きの図(fig46820_14.png)入る]
[#「菩提樹(Ficus religiosa L[#「L」は斜体].)インド産菩提樹の真品(いわゆるインドボダイジュ)」のキャプション付きの図(fig46820_15.png)入る]
小野蘭山先生の髑髏
この蘭山《らんざん》小野先生の髑髏の写真はじつに珍中の珍で容易に見ることの出来ないものである。ここに文化七年(1810)に物故せるこの偉人の髑髏を拝することを得たる事実は、この上もない幸運であるといえる。先生の幾多貴重な名著、殊に白眉の『本草綱目啓蒙《ほんぞうこうもくけいもう》』四十八巻のような有益な書物は、生前この髑髏の頭蓋骨内に宿った非凡な頭脳からほとばしり出た能力の結晶であることを想えば、今ここにこの影像に対してうたた敬虔の念が油然として湧き出づるのを禁じ得ない。私においてはもとよりであるが、併せて読者|諸彦《しょげん》に対しても同じくこの尊影に向って合掌せられんことを御願いする。
蘭
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