どんなものか。それは中国の湖北省西方からいわゆる蜀《しょく》の地の四川省にかけて生ずる常緑の大喬木(高さ五、六丈)の名であって、蓮花のような美花を発らき蘭花のような佳香があるといわれる。その心材が黄色なので黄心樹[牧野いう、我国の学者はよい加減な想像でこれをオガタマノキと誤認している]の一名がある。そしてその材では舟がつくられ木蘭舟の語がある。鄭樵《ていしょう》の『通志略《つうしりゃく》』にはその書中の「昆蟲草木略」において「木蘭ハ林蘭ト曰ヒ杜蘭ト曰フ、皮ハ桂ニ似テ香シ、世ニ言フ、魯斑ガ木蘭舟ヲ刻ミ七里洲中ニ在り、今ニ至テ尚存スト凡詩詠ニ言フ所ノ木蘭舟ハ即チ此レナリ」(漢文)と記してある。この蘭は無論 Magnolia 属[#「属」に「ママ」の注記]の一種ではあるがその種名は私に未詳である。
 今上の説を一括して解りやすくその要領を述べてみれば次の通り。
 コブシ(Magnolia Kobus DC[#「DC」は斜体].)は日本の特産で、中国にはない落葉喬木である。そして全然漢名はないから、これを辛夷というのは絶対に間違っている。
 モクレン(Magnolia liliflora Desr[#「Desr」は斜体].)は中国の特産で、辛夷がまさにその名である。落葉灌木で庭園の鑑賞植物である。そしてこれはけっして木蘭ではない。
 木蘭(Magnolia sp.)はこれまた中国の特産で、高さ数仭に達する常緑の大喬木である。そしてもとより和名はない。

  万年芝

 今日はかつて昭和九年(1934)六月発行の雑誌『本草』第二十二号に発表せる左の拙文「万年芝の一瞥」を図とともに転載するために筆をとった。

   万年芝の一瞥

 マンネンタケはいわゆる芝すなわち霊芝《レイシ》の一つで、菌類中担子菌門の多孔菌科に属し Fomes japonica Fr[#「Fr」は斜体]. の学名を有するものである。これはその菌蓋《カサ》普通はその柄がその蓋の一方辺縁の所に着いているが、その多数の中にはその柄が菌蓋の裏面正中に着いて正しい楯形を呈するものが珍らしくない。そしてこの楯形品と普通品との間にはその中間型のものを見ることけっして珍らしい現われではない。私は今このような種々の型の標品を所蔵しているが、これはかつて常州の筑波山の売店で多数これを買いこんで来たものである。また私は幾年か前にこの楯形型のものを播州で得たこともあった。
 マンネンタケには別にサイハイタケ、カドイデダケ、カドデダケ、キッショウダケ、レイシなどの芽出度い名もあれば、またマゴジャクシ、ネコジャクシ、ヤマノカミノシャクシなどの形から来た名もある。
 中国の説では芝には五色の品があるということだ。この五色芝は小野蘭山は「仙薬ニシテ尋常ノ品ニ非ズ其説ク所尤モ怪シク信ズベカラズ」と書いているが、それはまさにその通りであろうと思う。
 我国の学者は上のマンネンタケを霊芝の中の紫芝にあてている。これは『本草綱目』に芝に五品あるとしてこれを青芝、赤芝、黄芝(金芝)、白芝(一名玉芝、素芝)、紫芝(一名木芝)に別っており、その紫芝をマンネンタケにあてたものである。
 中国の書物の『秘伝花鏡《ひでんかきょう》』の霊芝の文を左に紹介しよう、なかなか面白く書いてある。

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霊芝、一名ハ三秀、王者ノ徳仁ナレバ則チ生ズ、市食ノ菌ニ非ラズシテ、乃チ瑞草ナリ、種類同ジカラズ、惟黄紫二色ノ者、山中常ニアリ、其形チ鹿角ノ如ク或ハ繖蓋ノ如シ、皆堅実芳香、之レヲ叩ケバ声アリ、服食家多ク採テ帰リ、※[#「竹かんむり/羅」、第4水準2−83−80]ヲ以テ盛リ飯甑ノ上ニ置キ、蒸シ熟シ晒シ乾セバ、蔵スルコト久フシテ壊レズ、備テ道糧ト作ス、又芝草ハ一年ニ三タビ花サク、之レヲ食ヘバ人ヲシテ長生セシム、然レドモ芝ハ山川ノ霊異ヲ稟テ生ズト雖ドモ、亦種植スベシ、道家之レヲ植ル法、毎ニ糯米飯ヲ以テ搗爛シ、雄黄鹿頭血ヲ加ヘ、曝乾ノ冬笋ヲ包ミ、冬至ノ日ヲ候テ、土中ニ埋メバ自ラ出ヅ、或ハ薬ヲ灌イデ老樹腐爛ノ処ニ入レバ、来年雷雨ノ後、即チ各色ノ霊芝ヲ得ベシ、雅人取テ盆松ノ下、蘭薫ノ中ニ置ケバ、甚ダ逸致アリ、且能ク久シキニ耐テ壊レズ、(漢文)
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であって、これに付けて五色芝、木芝、草芝、石芝、肉芝の諸品が挙げられ、そのあとに下の文章がある。

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芝ハ原ト仙品、其形色変幻、端倪スベキナシ、故ニ霊芝ノ称アリ、惟有縁ノ者之レニ遇フコトヲ得ルノミ、採芝図所載ノ名目ニ拠ルニ、数百種アリ、茲ニ止ダ其十分ノ三ヲ録シ、以テ山林高隠ノ士、服食ヲ為ス参巧ノ一助ニ備フルナリ、(漢文)
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 唐画中によく霊芝が描いてあるが、いつもその菌蓋上面に太い鬚線が描き足してあるのを見る。
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