へ埃などが入ったとき、その実を目に入れるとたちまちその実から粘質物を出して目の中の埃を包み出し、目の翳りを医するからである。つまり目の掃除をするのである。
製紙用ガンピ二種
雁皮紙をつくる原料植物、すなわちジンチョウゲ科のガンピには明かに二つの種類が厳存する。すなわち一つは単にガンピといい、一つはサクラガンピと称する。しかるに世間に出ている製紙の書物には、大抵このサクラガンピを単にガンピとしてただこの一種だけが挙げられている。しかるに榊原芳野《さかきばらよしの》の著『文芸類纂《ぶんげいるいさん》』には、伊藤圭介《いとうけいすけ》博士の『日本産物志《にほんさんぶつし》』美濃部から取り、製紙用としてのガンピ一つを挙げている。いずれもが片手落ちになっているが、これはその両方を挙げねば完備したものとは言えない。
ガンピ(ナデシコ科の花草であるガンピと同名異物)は元来はこの類の総名で、昔はカニヒと称えたものである。今日ガンピと呼ぶものは関西諸州に産する Wikstroemia sikokiana Franch[#「Franch」は斜体]. et Sav[#「et Sav」は斜体]. を指している。この種は山地に生じて高さ二尺内外から一丈ばかりに及ぶ落葉灌木で、その小さい黄色花は小枝頭に攅簇して頭状をなし、花にも葉にも細白毛が多い。そして一つにカミノキ、ヤマカゴ、ヒヨ、シバナワノキ(柴縄ノ木)と呼ばれる。
今一つの種は Wikstroemia pauciflora Franch[#「Franch」は斜体]. et Sav[#「et Sav」は斜体]. で関東地方に産し、相模、伊豆方面の山地に生じている。花は淡黄色小形で枝頭に短縮した穂状様の総状花序をなしており、葉には毛がない。これをサクラガンピと称するが、それはその皮質があたかもサクラの樹皮に似ているからである。これにはまた、ヒメガンピ(松村任三)、ミヤマガンピ(同上)、イヌコガンピ(白井光太郎)の名もある。
ガンピにはかくガンピとサクラガンピとの二種類があるのでよくこれを認識しておかねばならない。同属中のキガンピ、コガンピ等の諸種も強いて製紙用の材料とならんとも限らない。このガンピは一つにヤマカゴ、イヌカゴ、イヌガンピ、ノガンピ、ヤマカリヤス、アサヤイト、シラハギ、ヒヨの名がある小灌木だが、茎の繊維は弱い。しかしその根皮の繊維はキガンピと同様割合に強いから共に紙を漉くことが出来るといわれる。学名は Wikstroemia Ganpi Maxim[#「Maxim」は斜体]. であるが、この学名がもし前に書いた Wikstroemia sikokiana Franch[#「Franch」は斜体]. et Sav[#「et Sav」は斜体]. であるガンピへ付けられてあったら極めて適当であるのだが、惜しいかな製紙用としてほとんど用のないコガンピの名になっているのは情けない。元来 ganpi の種名を用いた Stellera ganpi Sieb[#「Sieb」は斜体]. はもともと製紙料となっているガンピの学名としてシーボルトが公にしたもので、それに Ex cortice conficitur charta ob firmitatem laudata(樹皮カラ耐久力アル優秀ナ紙ヲ造ル)の解説が付いている。ところがその後マキシモイッチがこの学名を基として Wikstroemia Ganpi Maxim[#「Maxim」は斜体]. の名をつくり、これにコガンピの記載文を付けたもんだから、学名での ganpi の種名がコガンピのもとへ移って、その実際とは合わないことを馴致した結果となっている。
また同科の Daphne 属[#「属」に「ママ」の注記]のオニシバリ一名ナツボウズ一名サクラコウゾもまた無論製紙用に利用することが出来んでもないが、ただその産額がすくないうえに樹が矮小だから問題にはならない。この植物はその皮の繊維が強靱だから鬼縛りの名があり、夏に実の赤熟したときには既に葉が落ち去って木が裸だから夏坊主ともいわれる。そしてこの実は味が辛くて毒がある。
伊豆の梅原寛重《うめばらかんじゅう》という人の『雁皮栽培録《がんぴさいばいろく》』(明治十五年出版)に三つの図があるが、その黄雁皮とあるものはサクラガンピ、犬雁皮とあるものはコガンピ、そして鬼ガンピすなわち方言ヤブガンピとあるものはオニシバリである。
因みに記してみるが有名な南米ジャマイカの土言 Lagetto の植物レース樹、すなわち Lagetta lintearia Lam[#「Lam」は斜体].(この種名 lintearia はリンネルのようなとの意)は同じくジンチョウゲ科の樹木であるが、その厚さは六センチメートル
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