もある白色の内皮が二十層程な枚数となって同心的にそれを順々に剥がすことが出来、これを拡げるとまるで八重咲の花のようになり、かつその繊維が縦に交錯してその状あたかもレースの状を呈していて、世にも著明なものとなっている。
インゲンマメ
今日世間でいっているインゲンマメには二通りの品種があって、一つは前に日本に渡ったインゲンマメ、一つはそれより後に渡ったインゲンマメである。元来インゲンマメは昔山城宇治の黄檗山万福寺《おうばくせんまんぷくじ》の開祖|隠元禅師《いんげんぜんじ》が、明の時代に日本へ帰化するため、中国から来た時もって来たといわれているインゲンマメが正真正銘のインゲンマメであり、それから後に日本へはいって来たのが贋のインゲンマメである。すなわち前入りのものが本当のインゲンマメで、後と入りのものが贋物のインゲンマメだ。そしてこの後と入りのものはじつは隠元禅師とはなんの関係もなく、つまりこのインゲンマメのインゲンは隠元の名を冐したものにすぎない。地下で禅師はきっと、オレの名をオレとは無関係の今のインゲンマメに濫用して、わしを無実の罪に落とすとは怪しからんと、衣の袖をひんまくり数珠を打ち振り木魚を叩いて怒っているであろう。
隠元禅師がもって来たと称する本当のインゲンマメは Dolichos Lablab L[#「L」は斜体]. という学名、Hyacinth Bean または Bonavist または Lablab という俗名のもので、これに白花品と紫花品とがあって共にインゲンマメと総称している。そしてその紫花のものを特にフジマメ、カキマメ(垣豆の意)、ツバクラマメ、ガンマメ、ナンキンマメ、ハッショウマメ、センゴクマメ、サイマメ、インゲンササゲ、トウマメといい、この漢名は鵲豆である。またその白花のものをヒラマメ(扁豆)、アジマメ、トウマメ、カキマメと呼び、その漢名は※[#「くさかんむり/(禾+編のつくり)」の「戸」に代えて「戸の旧字」、第4水準2−87−6]豆《ヘンズ》、一名白扁豆である。すなわちこれがまさに隠元禅師と関係のあるインゲンマメそのものであることを確かと承知しおくべきだ。
関西地方では多くこれを圃につくり、その莢を食用に供していて、普通にインゲンまたはインゲンマメと呼んでいる。
今日一般にいっているインゲンマメ、それは贋のインゲンマメは Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体]. の学名を有し、すなわち俗に Kidney Bean(腎臓豆の意でその豆の形状に基づいた名)といわれているものである。従来これに菜豆の漢名が用いられているが、それは誤りで、この菜豆は何か別の豆の名であると断言する理由を私は掴んでいる。これは昔からある漢名で、東洋へこの贋のインゲンマメすなわち Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体]. が来たずっと以前からの名であるから、その菜豆はけっしてこの豆の漢名にはなり得ないようだ。そして我国の学者がこれを贋のインゲンマメの名としたのは、満州での書物『盛京通志《せいけいつうし》』によったもので、すなわちその文は「菜豆、如[#(ク)][#二]扁豆[#(ノ)][#一]而[#(シテ)]狭長可[#(シ)][#レ]為[#(ス)][#レ]蔬[#(ト)]」である。また同書菜豆の次ぎの刀豆《ナタマメ》に次いで雲豆と書いてあるものがあって「種来[#(リテ)][#レ]自[#二]雲南[#一]而味[#(イ)]更[#(ニ)]勝[#(ル)]俗[#(ニ)]呼[#(ブ)][#二]六月鮮[#(ト)][#一]」とあるが、あるいは贋のインゲンマメすなわち今のインゲンマメではなかろうかと思われないでもない。これに六月鮮の名があるところをみると、贋のインゲンマメのように早くも六月頃に青莢が生るものとみえる。しかしこの Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体]. のインゲンマメ(贋の)の漢名は龍爪豆であって一名を雲※[#「くさかんむり/(禾+編のつくり)」の「戸」に代えて「戸の旧字」、第4水準2−87−6]豆といわれる。
この贋のインゲンマメ(Phaseolus vulgaris L[#「L」は斜体].)は上に書いた隠元禅師将来の本当のインゲンマメ(Dolichos Lablab L[#「L」は斜体].)よりはずっと後に日本へ渡来したものである。そしてその初渡来はおよそ三三五年前で、右の本当のインゲンマメの渡来より後れたことおよそ五十年ほどである。ゆえに隠元禅師が日本に来たときには、まだその贋のインゲンマメは我国に来ていなかったから、この豆はなんら隠元禅師とは関係はない。
今日一般に誰も彼もいっているインゲンマメ(贋の)は海外から初め江戸へ先ずはいって来たものらしい。多分外船が
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