立ち、剣状の硬質葉が多数に茎の周囲に密生している。この種は渡来している他の品種とは違って往々長楕円形の肉果が生るのだが、それは何んという国産の蛾が媒介する結果なのか、まだ誰も親しく実験した我が学者の名を聞いたことがない。本種の学名は Yucca aloifolia L[#「L」は斜体]. で Spanish Bayonet(イスパニア人の銃剣)なる俗名がある。そしてその和名をチモランと称しているが、このチモランはじつはイトランの方の名で、元来は千毛蘭と書いてある。これは葉緑の鬚毛に基づきそう書いたものをチモウランと訓まずにチモと訓み、後に間違えられて Yucca aloifolia L[#「L」は斜体]. の名になったのであるが、今日の学者にはこんなイキサツのあることは恐らく誰も知るまいから、今ここにそれを明かにしておく義務が私にはある。明治十五、六年頃に土佐高知の多識学者今井貞吉君がこれを千枚蘭《センマイラン》と名づけていたが、私はこれはよい名だと思った。同君のいうには、塀の内部へこれを列植すれば剣のような多くの葉がむらがり刺すのだから、暗夜に塀を越えて侵入し来る盗賊を防ぐにはまことに良策であると話していた。
 盗賊を防ぐので思い出したのは、ジャケツイバラを塀の背に這わすことだ。これは最も有効な植物利用の防盗策であると信ずる。あの逆に曲がっている無数の鉤刺は強く固く、この鋭い鉤刺には何物も敵し難く煩わしくよく引っかかりけっして脱することが出来ない。そして冬月その葉の小葉は落ち去ってもなお鉤刺を甲《よろ》うその主軸ならびに枝軸には依然としてその鉤刺が残り、その刺体は確かと茎に固着して脱去しない。ゆえに四季を通じていつも有効である。そしてこの植物にはかく刺はあるが、その再羽状複葉はその姿その色まことに眼に爽かであるばかりではなく、さらに大きな花穂を葉間に直立させて黄花を総状花序に綴るの状また大いに観るに足り、塀上の風趣|転《うた》た掬すべきものがある。私は先年伊勢宇治の町で偶然珍らしくこの有様を見、その家主人の風流と慧眼とに感服したことがあった。

  風流で盗賊防ぐ思い付き

 上に記した土佐高知の今井貞吉君は今は疾くに故人となったが、同君は多識なうえにすこぶる器用でかつ多趣味な人で、よくいろいろのことに通じていた。その中でも特に古銭に精しく斯界での大家であった。『古泉大全』と題する大著があって、その書中の古銭図は、もし間違いがあっては正鵠を失するといって、みな自身で手を下して丁寧正確に彫刻し、その書の印刷もまた活版印刷機を室内に用意し、下女などに手伝わせて自家の座敷、畳の上で印刷したものである。後ち東京の守田宝丹(下谷池ノ端、宝丹本舗の主人)が編した古泉の著書にも大分今井君がその面倒をみたものであった。同君はまた日本全国郵便局の消印ある二銭の郵便切手(赤色)を集めていた。中にはすでに廃局になった郵便局の消印あるものまでもみな洩らさずにことごとく集めていた。これは先ず類をみないなかなか凝った趣味的蒐集である。
 私はよく高知付近の植物産地を同君からきいたことがあって、今もそれを書き付けたものが手許に残っている。
 その時分同君の庭に龍眼樹の盆栽があって、その実を着けた写真が、これも同君からもらって今も所蔵している。これが土佐高知で実を結んだのは珍らしいことであるが、冬はキット窖《あなぐら》へ入れて保護してあったのであろう。同家の庭は広くて水石の景致に富んでいた。その植え込みの中に大きなハマユウがあったことを今も記憶している。同君の邸は高知|本町《ほんまち》の南側にあって、店ではその息子さんが時計などを商なっていた。

  中国の椿の字、日本の椿の字

 世間ではよく中国の椿の字と、日本での椿の字とを混同していて明瞭を欠いている場合が少なくない。つまりその椿の字を二つに使い別けすべき根本知識が欠けているから、そんなアヤフヤしたことになるのである。
 ツバキによく椿の字が書いてあるのは誰でも知っているが、この場合はけっして中国の椿ではない。ゆえにこの中国の椿と日本のツバキの椿とが同字であると思ったら、それは大きな見当違いである。これはたとえその字体は全く同じでも、もとより同字ではないからである。
 中国の椿の場合はその字音は普通チン(丑倫切)で、その植物はかのいわゆるチャンチンを指している。が、椿の字が一朝ツバキとなると、けっしてチンではないのである。そしてこのツバキの場合は和字、すなわち和製(日本製)の文字でそれをツバキと訓ませたものである。それはツバキは春盛んに花が咲くので、それで木扁に春を書いた椿の字を古人がつくったもんだ。寺島良安《てらじまりょうあん》の『倭漢三才図会《わかんさんさいずえ》』にも椿を倭字(日本字)だと書いて
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