黷ホ、また大いに尖り出て高いものもある。表面の皺もその疎密、浅深が一様でなく、またほとんど皺のないものもあれば多少のものもある。じつに千様万態ほとんど律すべからずで、今その状態によってこれを分類すれば百くらいに区別することはなんでもない。Dode 氏の分類は一向に当てにならなく、またそのしたりに倣《なら》う学者の研究もなんら尊重するには足りない。要するにオニグルミはただ一種すなわち one species である。これは大言壮語ではなく、実際オタフクグルミ、オニグルミを各地から蒐めて検査してみた結論である。要するにクルミは人の顔を見るようなもので、その顔がどんなに違っていても、畢竟それは Homo sapiens L[#「L」は斜体]. 一種のほかには出ないもんだ。
 オニグルミ、ヒメグルミの実の皮は終りまでついに裂けないで樹から落ちるが、テウチグルミ(手打チグルミ)すなわち菓子グルミの果皮は緑色で平滑無毛、頂端から不斉に数片に裂け、その中の裸の核を露出し、この核が果皮を残してまず地に墜ち、しかる後ちにその果皮が枝から離れ落ちるので、オニグルミ、ヒメグルミとは大変にその様子が違っている。このテウチグルミを信州から多く出して来て東京の市中に売っている。
 クルミの核は元来二殻片の合成したもので、その縫合線は密着して隆起した縦畦を呈しているが、ヒメグルミではその隆起の度がすこぶる低く弱いのである。このようにそれが二殻片からなっているから、その花時の柱頭は顕著に二つに岐かれている。けれども中の卵子はただ一個しかないので、したがってその核内の種子はやはり一個あるのみである。種子の皮は薄くて胚に密着し、頭部二岐せる胚は幼芽、幼茎を伴える大なる子葉からなって胚乳欠如し、吾らは油を含めるその子葉を食しているが、それはちょうどクリにおけると同じである。
 クルミの語原は呉果《クルミ》であって、呉は朝鮮語でクルというといわれ、それでクルミになるのである。そしてクルミの漢名は胡桃であるが、それは中国の漢の時代に張騫《ちょうけん》という人が西域から還るときこれを携え来たので、それでそういわれるとのことだ。しかしこの胡桃はオニグルミでもヒメグルミでもなく、それはテウチグルミすなわち Juglans regia L[#「L」は斜体]. var. sinensis C[#「C」は斜体]. DC[#「DC」は斜体]. のことである。そしてこの主品なる Juglans regia L[#「L」は斜体]. はペルシャならびにヒマラヤの原産で、いま欧州大陸には諸所に栽植せられてあって、それがペルシャテウチグルミ(Persian Walnut の俗名がある)すなわちセイヨウテウチグルミである。
 以前はこのセイヨウテウチグルミすなわちペルシャテウチグルミの実が食品として輸入せられ、東京の銀座あたりの店で売っていた。その味は今日市場に出ている信州産のテウチグルミからみるとズット優れていた。いま信州に植えてあるものは、無論昔中国から伝えたのもあろうが、しかし明治年間にその実のよい西洋種を植えて改良を図ったと聞いたことがあった。そうすると信州には昔からの樹と西洋からの樹と両方がある訳になる。
 右のペルシャテウチグルミがすなわち俗にいう Walnut であって、このウォールナットの語はもとは仏国での Gaul−nut から導かれたものだといわれる。そしてこのゴールは欧州で広い古代の地名である。
 今日本にはクルミの類が二種しかないと私は断言する。そしてその種々の品はことごとくみなこの二種からの変わりたるものにほかならない。ここまでちょっと想起することは、日本でのオニグルミ一名チョウセングルミ(Juglans Sieboldiana Maxim[#「Maxim」は斜体].)はもとより日本の原産ではなく、もとは大陸の朝鮮種が伝わったのであろうと推想し得る。クルミの名もじつは呉果《クルミ》で朝鮮語原であるからそのクルミすなわちオニグルミは昔朝鮮から入ったものといえる訳で、これに疾くチョウセングルミ(一つにトウグルミともいわれる)の名のあるのも不思議とはいえない。そこで私はオニグルミ一名チョウセングルミをもって、満州、朝鮮ならびに黒龍江(アムール)地方にある Juglans mandshurica Maxim[#「Maxim」は斜体]. すなわちすなわちマンシュウグルミの一変種だと考定したい。果たしてそうだとすれば、その学名を Juglans mandshurica Maxim[#「Maxim」は斜体]. var. Sieboldiana(Maxim[#「Maxim」は斜体].)Makino[#「Makino」は斜体] と改訂する必要を認める。そしてまたヒメグルミすなわちオタフ
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