ハり誤りだが、またこれをムカシヨモギ一名ヤナギヨモギ一名ウタヨモギと称する小野蘭山《おのらんざん》の誤りも、ますますその間違いを深めその間を混乱さすものだ。蓬は元来我が日本には絶対にない草であるから、もとより日本名のあろうはずはない。
 では蓬とは何んだ。蓬とはアガサ科のハハキギ(ホウキギ)すなわち地膚《ジフ》のような植物で、必ずしも単に一種とのみに限られたものではなく、そしてそれが蒙古辺の砂漠地方に熾《さか》んに繁茂していて、秋が深けて冬が近づくと、その草が老いて漸次に枯槁し、いわゆる朔北の風に吹かれて根が抜け、その植物の繁多な枝が撓み抱え込んで円くなり、それへ吹き当てる風のために転々としてあたかも車のように広い砂漠原を転がり飛び行くのである。そこでこれを転蓬《テンホウ》とも飛蓬《ヒホウ》ともいっている。すなわち蓬の正体はまさにかくの如きものである。
 明の李時珍《りじちん》という学者が、その著『本草綱目《ほんぞうこうもく》』蓬草子の条下でいうには「其飛蓬ハ乃チ藜蒿ノ類、末大ニ本小ナリ、風之レヲ抜キ易シ、故ニ飛蓬子ト号ス」とある。また中国の他の書物には「其葉散生シ、末ハ本ヨリ大ナリ、故ニ風ニ遇テ輙《タチマ》チ抜ケテ旋グル」とも、また「秋蓬ハ根本ニ悪シク枝葉ニ美シ、秋風一タビ起レバ根且ツ抜ク」とも、また「蓬|善《ヨ》ク転旋シ、直達スル者ニ非ザルナリ」とも、また「飛蓬ハ飄風ニ遇テ行ク、蓋シ蓬ニハ利転ノ象アリ、故ニ古ヘハ転蓬ヲ観テ車ヲ為《ツク》ルヲ知ル」とも書いてある。
 もしも蓬に和名がほしければ、あるいはこれをトビグルマ(飛ビ車)、あるいはカゼクルマ(風車)、あるいはクルマグサ(車草)とでもいってみるかな。そうすると飛蓬、転蓬の意味にもかなう訳だ。
 右にて蓬の蓬たるゆえんを知るべきだ。皆の衆聴けよ、この蓬がヨモギだトヨ、我国の学者はトンデモない見当違いをしたもんだ。眼界狭隘しかたもない。しかし大きなことは言わない、お里が分る、実《じつ》の吾らの知識も罌粟粒《けしつぶ》のようなもんだから。

  於多福グルミ

 クルミすなわち胡桃の一種にオタフクグルミと呼ぶ於多福面(スコブル愛嬌のある福相の仮面《めん》)の形をしたものがあって、一つに姫グルミともいわれる。こちらからいえば於多福どん、クルリと回ってあちらからいえば御姫様、と醜美を一実中に兼ね備えているから面白い。
 オタフクグルミの樹は普通のオニグルミの樹とともに同所にまじって見られる。あるいは所によればオニグルミの樹の多い場合もある。これらの樹は多く流れに沿うた地に好んで生活し、山の脊などには生えていない。
 オタフクグルミ一名ヒメグルミ一名メグルミはオニグルミの一変種で、けっして別種のものではない。つまりオニグルミの変わり品である。このオタフクグルミの学名として、初めはマキシモイッチ氏によって名づけられた Juglans cordiformis Maxim[#「Maxim」は斜体]. が発表せられたが、これはただその核だけを見てつくった名であった。
 私は信ずるところがあって、これをオニグルミの一変種としてその学名を Juglans Sieboldiana Maxim[#「Maxim」は斜体]. var. cordiformis(Maxim[#「Maxim」は斜体].)Makino[#「Makino」は斜体] と改訂し変更した。アメリカでヒメグルミ(オタフクグルミ)の苗を沢山つくってみた人があったが、それが少しもオニグルミの苗と変わりなく一向にその区別が出来なかったので、アメリカの学者は私の意見に同意を表している。かの L. H. Bailey 氏の書物でもまた A. Rehder 氏の書物でもみなオタフクグルミすなわちヒメグルミを Juglans Sieboldiana Maxim[#「Maxim」は斜体]. var. cordiformis Makino[#「Makino」は斜体] と書いてこれを採用している。
 このオタフクグルミ(ヒメグルミ)の核果の核はその形状すなわち姿に種々な変化があって大小、広狭、厚薄はもとよりのこと、一方に大いに張り出したオタフク形のものがあるかと思うと、一方にはもっと痩せ形のものもある。また面に溝のあるもの溝のないものもある。また末端の尖りも低いもの、高いものがあってけっして一様ではない。またまれに縫線が三条あって三稜形(Trigona)のもの、縫線が四条あって四稜形(Tetragona)のものもある。またオニグルミとヒメグルミの間の子と思われるものもある。
 オニグルミ(Juglans Sieboldiana Maxim[#「Maxim」は斜体].)にいたってはその大小は無論のこと、その形状もけっして一様でなく、末端の尖りも低いものもあ
前へ 次へ
全91ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング