故ニサヽユリト呼ブ五月茎梢ニ花ヲ開クコト一二萼年久シキ者ハ五六萼ニ至ル皆開テ傍ニ向フ六弁長サ四寸許弁ノ本ハ聚テ筒ノ如ク末ハ開テ反巻ス白色ニシテ微紫花後実ヲ結ブ形卵ノ如ク緑色熟スル時ハ内ニ薄片多シ即其子ナリ其根ハ白色ニシテ弁多ク並ビ重リテ蓮花ノ如シ食用ニ入ルユリネト呼ブ
[#ここで字下げ終わり]
土佐高岡郡佐川町付近の山地にササユリの一変種がある。普通のササユリよりは小形であるが、土地ではやはりササユリと呼んでいる。その花の咲いている時分に山村の人が根を連ね十本くらいを一束として市中に売りに来ていたが、今日はどうだろうか。その根を薬用食にせんがためで、これを食すると痰が取れるといっている。これは私の子供の時分のことであったから今からざっと七十年余り[#「七十年余り」に「ママ」の注記]も前のことに属するが、今日では最早そういうことは昔話になっているのかも知れない。これはササユリの小形な一変種で葉緑がやや白く、私はこれをフクリンササユリと名づけておいたが、ヒメササユリと別称しても悪くはない。
岩崎灌園《いわさきかんえん》の『本草図譜《ほんぞうずふ》』巻之四十八に、ササユリの一名として、サク(豆州三倉島方言)、イネラ(八丈島方言)の名が挙げてあるが、このサクとイネラとはサックイネラでこれはサクユリ(Lilium platyphyllum Makino[#「Makino」は斜体])の名であってササユリの名ではない。
[#「百合(『植物名実図考』)シナシロユリ一名白雪ユリ(Lillium sp.)」のキャプション付きの図(fig46820_04.png)入る]
キャベツと甘藍
キャベツ、すなわちタマナを甘藍《カンラン》だというのは無学な行為で、科学的の頭をもっている人なら、こんな間違ったことはしたくても出来ない。
いったい甘藍とはどんな蔬菜かといってみると、それは球にならない、すなわち拡がった葉ばかりの Brassica oleracea L[#「L」は斜体]. で、その中の var. acephala DC[#「DC」は斜体].(無頭すなわち無球の意)がこれにあたる。すなわち前々から葉牡丹《ハボタン》といっているものである。これはその葉が牡丹の花の様子をしているからそういうのである。これは結球しない品だからこの品を呼ぶハボタンをタマナすなわちキャベツに用うべきでない。ゆえに甘藍はキャベツすなわちタマナではあり得ない。
右のキャベツすなわちタマナは Brassica oleracea L[#「L」は斜体]. の中のものではあるが、これは葉が層々と密に相包んで大きな球になる品で、学名でいえば Brassica oleracea L[#「L」は斜体]. var. capitata L[#「L」は斜体].(この capitata は頭状の意)である。
キャベツはキャベージ(Cabbage)の転化した言葉である。この Cabbage とは大頭の意であって、これは熱帯椰子類の数種の新梢芽が頭状に塊まっているので、本来はそれを Cabbage といったものだ。そしてこの嫩芽《わかめ》は食用になるものであって原住民は常にそれを食べている。そこで Brassica oleracea L[#「L」は斜体]. var. capitata L[#「L」は斜体]. へこの Cabbage の名を借り来ってそのタマナを Cabbage といったものだ。それがすなわちキャベツである。中国ではこのタマナを椰菜《ヤサイ》と称する。それはもと Palms すなわち椰子類のものが Cabbage であるから、それでこれを椰菜としたものだ。が、この椰菜の名はあまり我国では使用しなかった。ただしその椰菜へ花の字を加えて花椰菜《ハナヤサイ》となし、それをハボタンの一種なる Cauliflower の訳字となし、これは今日でも普通に用いている。今それを学名で書けば Brassica oleracea L[#「L」は斜体]. var. botrytis L[#「L」は斜体]. である。(botrytis とは群集して総《ふさ》をなしている状を示す語)。
以上のようなイキサツであるから、このタマナ、すなわちキャベツを甘藍とするのは見当違いであることをよく知っていなければならない。古い学者、技師連などは古い書物に書いてある間違いの影響を受けてその誤りを引き継ぎ、今日でもなお甘藍をキャベツ、すなわちタマナと思っているのはまことにオメデタイ知識の持主であって、憐れ至極な古頭の人々である。総体物は正しくいわなければいかん。知識の奥底を見透かされるのはいっこうにゴ名誉ではござんすまい。
藤とフジ
世間一般に昔から藤をフジとしているが、しかし千年あまりも昔に出来
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