ら、それを漫然と黒味がかった色と書いたのだと言えば通らんこともなかろうし、また苦甘はそれを噛んでの腥さい味を不手際に形容して書いたのだと評せば許しておけないこともあるまい。こんなわけで、馬鈴薯は九子羊および土※[#「囗<欒」、8−8]児すなわちホドイモであるようだとして、疑を存しておくよりほか今別に致し方もあるまい。つまり福建省の松溪県からその土地でいう馬鈴薯の実物が出て来てくれさえすれば、この問題はたちまち解決せられるのであるが、それは中国の学者の研究に期待したい。
ジャガタライモは、今世間一般の人が呼んでいるようにジャガイモと仮名で書けばよろしい。もしこれを漢字で書きたければそれを爪哇芋か爪哇薯かにすればよい。なにも大間違いの馬鈴薯の字をわざわざ面倒くさく書く必要は全くない。いったい植物の日本名すなわち和名はいっさい仮名で書くのが便利かつ合理的である。漢名を用いそれに仮名を振って書くのは手数が掛り、全くいらん仕業だ。例えばソラマメはソラマメでよろしく、なにも煩わしく蚕豆と併記する必要はない。キュウリはキュウリ、ナスはナス、トウモロコシはトウモロコシ等々で結構だ。胡瓜、茄、玉蜀黍等はいらない。
今日中国の書物に、ジャガイモに対し往々馬鈴薯の名が使ってあるが、これはその誤りを日本から伝え、中国人が無自覚にそれを盲従しているにすぎないのである。こんなわけであるから、たとえ、今の中国人が馬鈴薯の字を使っていても、なにもそれは信頼するには足りないことを十分に承知していなければならない。ジャガイモを馬鈴薯だとする誤認は日本でも中国でも敢て変わりはない。
[#「ジャガイモ(Solanum tuberosum L[#「L」は斜体].)」のキャプション付きの図(fig46820_01.png)入る]
[#「九子羊(『植物名実図考』)ホドイモ」のキャプション付きの図(fig46820_02.png)入る]
[#「土※[#「囗<欒」、7−図キャプション]児(『救荒本草』)けだし九子羊と同種ホドイモ」のキャプション付きの図(fig46820_03.png)入る]
百合とユリ
元来百合とは中国の名であるから、これを昔からのように日本のユリに適用することは出来ないはずである。そしてそれを昔の深江輔仁《ふかえのすけひと》の『本草和名《ほんぞうわみょう》』にあるように百合を和名由里(ユリ)、また源順《みなもとのしたごう》の『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』にあるように同じく百合を和名由里(ユリ)としているのは共に間違っているといっても誰も異存はないはずだ。
百合と称するものはユリ属すなわち Lilium 属[#「属」に「ママ」の注記]一|種《スペシーズ》の特名であって汎称ではない。この種は中国の山野に生じていて茎は直立し、葉は他に比べてひろく、花は白色で側に向ってひらいている。今ここに呉其濬《ごきしゅん》の『植物名実図考《しょくぶつめいじつずこう》』にある図を転載してその形状を示そう。その生根は一度も日本へ来なく、私等はまだこれの実物を見たことがない。しかしもしこれに和名を下すならば、私はそれをシナシロユリ(支那白ユリ)といいたい。もっと典雅な名にしたければ白雪ユリといっても悪くはあるまい。すなわち百合はこのシナユリ一名白雪ユリの新和名に対する中国名で Lilium sp.(種名未詳)である。繰り返していうが、こんなわけであるから「百合」というのは前記の通りユリの総名、すなわち The general name for all lilies ではない。
従来日本の学者達は百合を邦産のササユリにあてているが、それは無論誤りであって、ササユリはけっして百合そのものではなく、元来このササユリは中国には産しないから当然中国の名のあるはずはないではないか。
このササユリは関西に多いユリで、関東地方ではいっこうに見ない。一つにサユリともヤマユリ(Lilium auratum Lindl[#「Lindl」は斜体]. のヤマユリとは別種で同名)ともいわれる。その学名は従来 Lilium japonicum Thunb[#「Thunb」は斜体]. が用いられていたが、この名前づらが他のユリと重複するというので、当時京都帝大の小泉源一《こいずみげんいち》博士がかつてこれを Lilium Makinoi Koidz[#「Koidz」は斜体]. と改訂して発表したことがあった。
小野蘭山《おのらんざん》の『本草綱目啓蒙《ほんぞうこうもくけいもう》』(享和三年(1803)刊行)にそのササユリの形状を次のように書いてあって、すこぶる分りやすいからここに転載する。
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春旧根ヨリ生ジ円茎高サ三四尺直立ス葉ハ竹葉ノ如クニシテ厚ク光アリ
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