って花が咲いていた。ふと見るとその花の花序すなわち Inflorescence に見慣れないものを見つけた。それは Cyme すなわち聚繖《しゅうさん》花序であった。これすなわち茶の花の花序が明かに聚繖花序であるという大切な発見である。
 茶の花は十月、十一月に咲くのだが、そのとき茶の樹に眼を注いでみると往々正しく整形せられた聚繖花序に逢着することはなにも珍らしいことではないが、なぜ世の多くの学者が今までこれに気がつかずに見逃がしていたかじつに不思議千万である。日本と西洋とを通じて茶の花の図に一つもそれが描写せられておらず、また茶の記述文にも一向にその事実が書いてない。茶のすべての花は単に葉腋から出るとしてある一本もしくは二本の花梗があって、その花梗末に一輪の花が着いているだけのことになっていて、それがみな単梗花と見なされているのである。しかし今それを精しくかつ正しくいえば、この花梗はじつは今年出た葉腋にあってその頂に一芽を有する今年生の極く短い短枝(学術語)の側面にある苞腋(この苞は逸早く謝し去り花の時にはない)から発出しているのである。
 ところが茶の花はその不発育に原因して茶樹上単梗花になっているものが無数にあるが、しかし中にまじって花梗に枝をうち、はっきりした聚繖花序をなしているものに出逢うことはそう珍らしいことではない。誰でも少し注意すれば早速にこれを見出し得ること請け合いである。
 この花梗に分枝していないものを見ては誰でもそれが聚繖花序であることには気がつくまいが、花梗をよくよく注意して検してみると、梗の途中に一つの節がある。極く嫩い初期のときにはその節に早落性の苞があるから、推考することに鋭敏な人ならば、その花梗にさらに枝梗が出るはずだと想像することは敢て難事でもあるまいが、今日までそう考えた人は誰もなかったのであろう。
 茶にこの聚繖花序の現われるのはまことにこの上もない貴重なかつ大切な事実で、これはこの茶の属、すなわち Thea 属[#「属」に「ママ」の注記]をして近縁のツバキ属すなわち Camellia 属[#「属」に「ママ」の注記]と識別する主要な標徴であることは確かに銘記に値する。すなわち常に無梗の単生花を出すツバキ属、そして時々聚繖花を出すチャ属とは自然にその間に一目瞭然たる不可侵の境界線を画するものである。要するにこの両属の主要な区分点
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